Go to contents

朝鮮総連創立50年の現住所

Posted May. 25, 2005 03:18,   

한국어

「偉大な首領金日成(キム・イルソン)大元帥様は、私たちと共にいらっしゃる」、「栄光の祖国、朝鮮民主主義人民共和国万歳」。

24日、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)創立50周年の記念式が開かれた東京近郊の朝鮮中高校構内の朝鮮文化会館。壇上には金日成、金正日(キム・ジョンイル)親子の大型肖像画が、北朝鮮国旗とともに飾られ、「共和国」を称揚するプラカードもあちこちに掲げられた。

式典公演が開かれる時は、雰囲気はかなり自由だった。年配で貫禄のなる同胞たちが、三々五々集まって、互いの健康を確認して大きな声で笑ったりした。2階の傍聴席の生徒の中には、先生の目を盗んでいたずらをする無邪気な姿も見えた。

総連のある関係者は、「集会の雰囲気が依然より柔らかくなったのは事実だ」と話した。

金永南(キム・ヨンナム)北朝鮮最高人民会議常任委員長の祝賀メッセージの代読に続き、徐万述(ソ・マンスル)総連議長が記念のあいさつを読み、雰囲気は厳粛になり始めた。徐議長が、「敬愛する金正日将軍に、同胞皆の心を一つにして忠誠を誓おう」と言うと、約2000人の参加者全員が立ち上がって一斉に拍手を送った。

時代変化に伴って総連も変わっただろうという世の中の観測にもかかわらず、「北朝鮮とのつながり」が、総連の存在根拠という点を確認させる瞬間だった。

総連は、1955年5月25日、日本で左翼労働運動をしてきた韓徳銖(ハン・ドクス)を中心に結成された。その後、総連は、日本と国交がない北朝鮮の公館機能を担い、北朝鮮指導部に対する「金づる」の役割もした。南北の体制対決が熾烈だった1960、70年代には、在日本大韓民国民団(民団)に対して、日本での「南北代理戦」を行ない、「対南工作の日本内拠点」として悪名をとどろかせた。

しかし、日本の長期不況で、主輸入元の同胞の経済圏が萎縮したうえ、北朝鮮の経済難まで重なって、総連組職は萎縮し始めた。そして、北朝鮮の日本人拉致は、総連の衰退を決める致命打になった。

冷戦の終焉に続き日本人拉致問題で日本内の嫌朝感情が高まり、総連系同胞の中では、総連を離脱して韓国国籍を取得する例が増えている。現在、在日韓国人約61万人の中で、80%が民団系、20%が総連系だという。

日本の小泉純一郎首相は、総連50周年を迎えて送ったメッセージで、北朝鮮の核開発放棄と日本人拉致問題が早期に解決されてこそ、日朝国交正常化交渉に乗り出すという既存の立場を繰り返した。

一時、総連で活動した元老同胞は、「総連も結局『祖国』である北朝鮮体制の運命と同じ道を歩むだろう」と話した。



朴元在 parkwj@donga.com