旅客船セウォル号惨事という悲劇のきっかけとなった兪炳彦(ユ・ビョンオン)元セモグループ会長が、いまだ捕まっていない。セウォル号の沈没後、検察が、兪元会長への捜査に乗り出した4月20日から見れば、45日間が過ぎている。6.4統一地方選挙が迫り、彼を巡るデマまで広まっている。検察が知っていながら、逮捕していないとか、選挙の最後に、与党に有利な変数になるよう、検挙のタイミングを調整しているというなどの話だった。
頭のよい検事達が、なぜいまだに捕まえられないのかと、叱咤を受けている検察としては、怒りがこみ上げてくるばかりだ。知っていながら逮捕できないわけではもちろんなく、選挙日直前の最も適切なタイミングに検挙するだろうという奇跡も、起こらなかった。
検察と警察の追跡チームが、兪元会長の検挙に向け、主に活用する方法は、兪元会長や彼を手助けしていると見られる乗用車を、防犯カメラで追跡することと、携帯電話の位置を追跡することのふたつだ。防犯カメラの追跡手法の場合、高速道路の料金所に車の番号を入力しておけば、自動的に該当車両が通ったことが確認される。また、ある場所を通った痕跡が見つかれば、その周辺の防犯カメラを全て把握して、移動ルートを追うやり方だ。しかし、全国の全ての街角に、夜間でもはっきり識別できるほどの高性能防犯カメラが設置されておらず、基本的に後手に回るやり方であり、時間差が生じることになる。兪元会長の乗った車が通った痕跡が確認できても、それはある程度の時間が過ぎた後に可能であるためだ。
携帯電話の通話記録や位置追跡も同様だ。兪元会長や彼を手助けする信者の偽名の携帯電話を探し出しても、通話記録を確認したり、位置を追跡することだけでは、同様に後手に回らざるを得ない。位置追跡の場合、電波の届く基地局周辺にいることだけ分かり、彼の隠れ家を正確に突き止めることなどできない。予めその気配を察して、携帯電話の電源を切ったり捨てたりすれば、追跡を直ちに中止せざるを得ない。
「検察の上の兪炳彦」といわれているが、これは当然のことだ。宗教的信念で一丸となっている信者らの組織的支援を受けながら、逃亡を続けている状況下では、数百人や数千人の検察や警察を動員しても、つかまえるのは容易ではない。信者らの携帯電話の位置を追跡するといううわさが出ると、無線機でやり取りしているといううわさまで出ている。徹底に相手の弱みを知り尽くし、知能的に逃避していることになる。
そのため専門家らは、これを機に、携帯電話の傍受問題を再び検討すべきだと主張している。携帯電話の傍受を通じてのみ、予め、兪元会長がどこに向かうのか予測可能な手がかりをつかむことができ、そうしてこそ、検挙が可能だという主張だ。携帯電話の傍受は、国家情報院の違法盗聴事件が明るみに出たことで、口にすることすらはばかれる事案となっている。
おぞましい想像だが、もし、小型の核兵器を持っているテロ犯が、兪元会長のように逃走劇を繰り広げればどうなるだろうか。治安の強固な韓国で、そんなことなど絶対にありえないと、豪言できるだろうか。多くの国民に危害を加えかねない犯罪の可能性があるのに、これを食い止めることのできる手段を封じ込めておくだけというのは困る。8月になると、フランシスコ法王が韓国を訪問し、9月は、仁川(インチョン)アジア大会が開かれる。当局としては、知ってか知らずか、もしかするとあるかもしれないテロの脅威に対応しなければならない状況となっている。「携帯電話の傍受は口出し不可」というのが、従来の社会的コンセンサスなら、今は、考え直す時期に来ている。傍受の対象を厳しく制限し、違法傍受の際は、言葉通り懲役100年まで処することができるなどの、強力なブレーキを作っておけば、できないこともない。
ところが、兪元会長は、今回の統一地方選挙に投票しただろうか。逃走中であり、投票をしたはずが無い。「この悪党が、投票権は行使せず、逃走権のみ行使しているから…」。ある検察幹部の愚痴だ。