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[オピニオン]光化門のつぎはぎ広場

Posted October. 07, 2016 08:55,   

Updated October. 07, 2016 09:17

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カーナビが日常化する前、欧州小都市や町で道を探すためには、中心にある教会からたどり着いて行けばよかった。小さな町にも、多くの場合は数百年の歴史のある教会前に広場があった。ゴシック式教会の尖塔は遠くからでもよく見えるし、広場は四通八達だ。周辺では、第1次、第2次世界大戦当時、その地域出身の戦死者名簿がぎっしり書かれた記念物を、難なく見つけることができる。広場は伝統を引き継ぎ、愛国・愛郷心を高める統合の場といえる。

◆韓国には広場文化がない。時代の流れに沿って、政治色を変奏してきただけだ。現在のソウル広場であるソウル市役所前の広場は、1961年、5.16軍事クーデターを成功させた朴正煕(パク・ジョンヒ)少将がサングラスをかけて、意気込んで登場するシーンで記憶されている。現在の汝矣島(ヨイド)広場であるかつての5.16広場では、国軍の日のパレードや大規模な政治遊説を行った。民主化後、ソウル広場はデモや集会のメッカとして、その後造成された光化門(クァンファムン)広場は、旅客船セウォル号のテントで象徴される。今も、世宗(セジョン)通りの交差点から光化門広場の入口に入れば、焼香所のお線香の匂いからかがされることになる。

◆光化門広場の両方の車道の御影石の石道をアスファルト包装道路に取り替えるという。2009年に70億ウォンをつぎ込んで造成した石道のメンテナンス費用が、工事費の40%である28億ウォンもかかったためだという。欧州ではローマ時代に造成された石道を今も車道として使うほど立派なのに、7年後に継ぎはぎになるのは、韓国型人災といえる。今も欧州では高さが50センチを超える棒型御影石をぎっしり差し込んで、半永久的石道を作っている。縦18センチ、横12センチ、高さ10センチに過ぎない平たい御影石を敷いておいて、耐えることを願っていたなんて、門外漢が見ても情けないばかりだ。

◆欧州の古風な石道を真似するつもりだったなら、地下までのぞき込むべきだった。さらに、光化門車道の一部はアスファルトで覆い、一部は石道を残こしておくなんて、一体どれほどちぐはぐなものにするつもりか。これからでもきちんとした石道を作るか、英国のトラファルガ―広場のように車の流入を制限するか、それとも韓国の伝統的方式で復元してきちんと造成することを願う。韓国も代表広場一つぐらいはあるべきではないか。

朴濟均(パク・ジェギュン)論説委員 phark@donga.com



김순덕 キム・スンドク記者 yuri@donga.com