ある日、世の中に完璧な鎮痛剤「NSTRA-14」が登場する。中毒性も副作用もないこの鎮痛剤のおかげで、もう痛みを訴える人はいない。苦痛が消えると、天国が到来したようだった。だが、まもなく、これに反対する新興宗教「教団」が登場する。教団は、「苦痛が人間を人間らしくする」と主張し、NSTRA-14を作った製薬会社の職員に対してテロを行う。苦痛のない世の中を夢見る人々は、これに対抗して教団の指導者たちを殺害する。苦痛のない社会は本当に天国だろうか。苦痛をめぐって繰り広げられたこの戦いは、どこに突き進むだろうか。
先月31日に出版された小説家チョン・ボラ(47)氏の長編小説「苦痛に関して」(茶山書房・写真)は、苦痛が消えた世界を描く。未来を想像する空想科学(SF)に、背筋をぞっとさせる叙事がいっぱいのホラーを混ぜ合わせた独特な作品を出したチョン氏が、今回は殺人事件の秘密を追跡するスリラーを加えた。チョン氏は8日、電話でのインタビューで、「苦痛が消えると、苦痛を再び渇望し始めた世の中の姿を実感できるように描きたかった」と話した。
「人間には、身体と感覚があるから快楽を、痛みを感じることができるのです。苦痛と快楽の根源が同じだという点を見せたかったんです」
チョン氏が苦痛について悩むようになったのは2009年、米インディアナ大学でスラブ文学を専攻して博士論文を書き始めてからだ。アンドレイ・プラトノフ(1899~1951)のようなロシア作家たちは当時、ロシアで蔓延した苦痛から逃れるためにユートピア小説を書いた。ロシアの民衆は、食糧がなくて飢え死にする生活苦と血なまぐさいロシア革命を経て人間の苦痛について質問し始め、ロシア作家たちはこのような苦痛が消えたユートピアを夢見始めたという。
「2018年、米国のSFイベントで、麻薬性鎮痛剤に関する問題を聞きながら、もう一度苦痛について考えました。1991年の湾岸戦争、2018年のアフガニスタン戦争に参戦したアメリカ兵が負傷の後遺症を治療するために麻薬性鎮痛剤を服用して麻薬中毒者になりました。最近、韓国社会にも、プロポフォールのような麻薬性鎮痛剤が広がっている点にも影響を受けました」
チョン氏は、「新興宗教の『教団』を小説で描いたのは、最近、議論になった宗教団体JMSのように苦しい社会ほど、人々が疑似宗教に陥るためだ」とし、「苦痛が消えるユートピアを夢見る人たちが、依然としてこの時代に多いということに気づき、作品を書き始めた」と話した。
英ブッカー賞インターナショナル部門の最終候補にノミネートされ、注目を集めた。ブッカー賞は、ノーベル文学賞やフランス・ゴンクール賞とともに、世界3大文学賞に挙げられる。チョン氏は12日(現地時間)、ドイツ・ベルリン国際文学祭では韓国の幻想文学について講演する。
「海外の読者は、昔の古代神話や伝説が現代韓国の幻想文学に及ぼす影響に関心が高いんです。私も今年5月、九尾狐の説話を再解釈して長編小説「狐」(イッダ)を出版しました。次の長編小説では、ゴーストの話で戻ってくる計画です」
イ・ホジェ記者 hoho@donga.com