ギルバート・ステュアートは、19世紀の米国最高の肖像画家だった。米国初の大統領6人を含め、約1000人の肖像画を描いた。ところで、その多くの作品の中で最も有名なのは「アテネウム」(1796年・写真)と呼ばれる未完成肖像画だ。どうして未完成の絵が、彼の代表作になったのだろうか?
絵の中のモデルは、私たちにも馴染みのある人物、すなわち米初代大統領のジョージ・ワシントンだ。現職大統領の肖像画は誰でも描くことができないはず、だから、未完成であることがなおさら不思議だ。ステュアートは米国生まれだが、英国で活動し、肖像画家としてかなり名を馳せた。しかし、38歳になった1793年、さらに大きな成功を夢見て米国に戻った。彼の目標は明確だった。当時、大きな尊敬と支持を受けていたワシントン大統領の肖像画を描いて版画にし、その版画を売って大金を稼ぐ計画だった。切に願えば叶うのだとか。1794年、政治家ジョン・ジェイの肖像画を描くことに成功後、彼の紹介で翌年末、ついに大統領がステュアートの前でポーズを取った。絵の中のワシントンは、64歳で他界する3年前の姿だ。政権8年目に入った大統領は、戦争の英雄でも権力者の姿でもない。白髪の気品のある老紳士のようだ。画家は、ワシントンの顔と首だけを描写し、残りは未完成のままにした。そして、数点の複製画を描いた。需要は多かった。ワシントンの死亡後、130点の複製画を製作し、1点当たり100ドルで販売した。肖像画を版画にもしたが、そのイメージは米国1ドル紙幣はもちろん切手にも刻まれて広まった。そのおかげで、この肖像画は、米国民だけでなく、世界の人々にワシントンの代表イメージとして刻印された。
ステュアートは、死ぬまで富と名声をもたらした未完成の原本を保管していた。「アテネウム」というタイトルは、彼の死後、絵がボストンのアテネウム美術館に送られた時に付けられたものだ。目標以上のものを得た画家の立場からは、あえて完成させる必要がなかったはずだ。この有名なワシントンの肖像画が未完成で残った理由だ。