検察と警察は、人権侵害疑惑が起こるたびに捜査慣行を盾にしたり法的に問題がないと主張してきた。まるで「法の範囲内なら捜査のために何をしてもいいではないか」という口振りである。このような態度は、「捜査過程で人権は考慮の対象ではない」という意味にも取れる。実際、そんな状況が今でも繰り返されている。
最近問題になった全教組教師に対する警察の「裸身での身体検査」も、合法であることを前面に押し出した人権侵害の典型的な事例。警察は、政府中央庁舎前でデモを行った教師らを特殊公務執行妨害などの疑いで逮捕し、「現行犯の場合、身体検査を行うことができる」とする警察庁訓令に従い、原則通りに捜査したと釈明している。
しかし容疑者の身分が教員であることを明らかに知っていながら、留置場への入監過程で麻薬関連の犯人にでもするような「身体検査」を行ったことは、仮にそれが法の範囲内だとしても深刻な人権侵害だというのが我々の判断だ。全教組側の主張通り、「身体検査」の他に調査過程で教師らに対して暴言を吐き、強制的に指紋捺印をさせたのなら、警察は関係者の責任を問ってしかるべきである。これは教師らが法を犯したこととは別の問題だ。
金大中(キム・デジュン)大統領のノーベル平和賞受賞を機に、警察庁調査課が解体され、与党は年内の人権法制定を決定するなど、人権改善のための措置が精力的に推進されている中、このような人権侵害疑惑が持ち上がったことは、我が国の人権意識を如実に語っていることでもある。
捜査機関の人権侵害は今に始まったことではない。検察と警察が容疑者の緊急逮捕制度を濫用し、合法を装った人権侵害の事例が跡を絶たない。緊急逮捕制度は、令状主義における例外として導入されたが、今では逆に令状に従った逮捕が例外的な状況にまでなってしまった。現実的に緊急逮捕が令状による逮捕より10倍以上も多いのだ。ほとんど制限なく許容される口座追跡や捜査のための盗聴などによる人権侵害も大変深刻な問題である。
それだけではない。裁判所で無罪判決となった事件のうち、不十分な捜査や法理誤解に基づいた検事の無理な起訴によるものが20%を超えるという事実も、捜査関係者の人権意識を物語って
いると言えよう。我々の周辺には検察の強圧的な捜査で精神的な被害を受けたと訴える人がいまだに多い。
人権保護のシステムがどんなにすばらしくても現場が変わらなければ人権改善は期待できない。政府は人権保護に必要な法や関連機構の整備はもちろん、現場の人権意識に特別な関心を寄せ、根本的な改善策を追究するべきだ。