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李秀賢さんの遺骨、東京から釜山へ

Posted January. 30, 2001 18:33,   

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線路に落ちた日本人を助けようとして命を落とした、李秀賢(イ・スンヒョン)さんの遺骨が30日(火)午後、東京から李さんの故郷の釜山に帰国した。李秀賢さんの父、李盛大(イ・ソンデ)さんと、母の辛潤贊さん(シン・ユンチャン)さんは、息子の遺骨と遺影を持って午後、成田空港から大韓航空で韓国と発った。成田空港では、李さんが通っていた日本語学校赤門会の新井時賛理事長と、韓国人の20人余りが見送った。

出国に先立ち、父親の李盛大さんは「『(困っている)人を助けよ』という教え通りに行動した息子が誇らしい」と述べ、「葬儀が執り行われるように計ってくださった日本政府と日本の国民の皆さん、学校関係者の方々へお礼を申し上げる」と語った。母親の辛さんは「秀賢は、やりたいことが多かったのに、それらを果たすことなく逝ってしまったが、より大きなことを成し遂げたのだから、あの世で悔やんでいなければいいのだが」と話し、「身辺整理をした後、学校側と相談して秀賢を称えた記念事業がしたい」と心中を明らかにした。

李さんの両親はこの日午前、李さんと共に亡くなった関根史郎さんの母である千鶴子さん(76)に電話し、哀悼の意を伝えた。李さんの母の辛さんが、「ご子息の死が無駄にならないように、ご子息の分も長生きして下さい」と伝え、千鶴子さんは「わざわざお電話いただきありがとうございます」と答え、李さんのご両親の健康を気遣った。

日本政府は、李さんと関根さんの勇気ある行動を称えるため、感謝を込めた木杯を授与することにした。また連立与党の一つである公明党の冬柴鉄三幹事長はこの日、駐日韓国大使館を訪問、弔意を表し、香典を渡した。

産経新聞はこの日の社説で、「李さんと関根さんの死は決して無駄な死ではなく、勇気と自己犠牲の大切さを体で教えてくれた」とし、崇高な犠牲的精神を称えた。また、日本政府に対して「2人の崇高な死を十分に補償できる措置をとるべきであり、森総理は国会の施政演説を通じ、彼らの勇気に敬意を表し、国民がこのような精神を育てられるよう、教育改革を訴えるべきである」と述べた。