Go to contents

[社説]「万景台精神」が民族精神?

Posted August. 23, 2001 10:17,   

한국어

このほど、8.15南北民族統一大祝典に参加した韓国代表団が平壤(ピョンヤン)から戻った時、金浦(キンポ)空港の風景は、韓国の対北朝鮮政策と民間統一運動の問題を端的に示したものといえる。一部の統一至上論者らの行動が韓国社会にどれほど大きな波紋を呼び起こすのか、金大中(キム・デジュン)政権がこれまで3年間進めてきた対北朝鮮政策の成果がこの程度に過ぎないものなのか問い返してみたい。

今回の事態の最も大きな責任はもちろん政府にある。政府は訪朝の許可過程から国家保安法上の利敵団体である祖国統一汎民族連合(汎民連)の韓国側本部と韓国大学総学生会連合(韓総連)の関係者が、他団体の名を借りて許可を申し込んだのを見逃した。これは身元確認の過程に問題があるか、知っていながらも黙認したという疑問を十分に抱かせる。にも拘わらず、統一部と検察が互いに責任を擦り付けている政府の無責任な処理は批判されるべきだ。林東源(イム・ドンウォン)統一部長官は辞退を含め今回の辞退に責任をとる行動を示さなければならない。

一部の訪朝者は戻った後にも納得できない行動を見せた。特に万景台芳名録波紋の主人公の姜禎求(カン・ジョング)東国(ドングク)大学教授の釈明が理解できない。姜氏は当時、万景台革命烈士遺子女学院が頭に浮かび、「万景台精神」云々という内容を記帳したと述べた。「同学院は民族のために犠牲し献身してきた方々の子供を特別に教育させる学校であり、従って万景台精神は民族精神を立てるものだ」と説明した。

しかし、万景台学院は北朝鮮の体制を支える中核勢力の養成所であり、飢えている一般の住民とは関係ない所だ。このように見ると万景台精神とは金日成主義に遥かに近いのであって、決して民族精神につながるものではない。こうした万景台から民族精神を浮かばせては、それをいわば「釈明」と言うのは驚くだけだ。

汎民連所属の一部が当局の事前許可を受けず平壤(ピョンヤン)に行って「範民族南北海外連席会議」に出席したという話にも驚かされる。もし彼らが訪朝する前北朝鮮側と事前連絡をとったのが事実ならば、彼らの行動は違反はもちろん政府及び国民の期待にそっぽを向けたものにほかならない。

基本的に韓国社会で統一に関する多様な論議が出るのは健康なことだ。しかし、多様な統一主張にも「限界」は確かにあるべきだ。国体のありかたを混同し、国基を否定する形の統一論議は却って統一過程における足かせになるだけだ。