5月は「家庭の月」だ。このように特別に名付けて毎年その意味をかみしめるのは、それだけ家庭は大切なものであるからだろう。
ところが、「家庭の月」のスタートから家庭暴力の深刻さを物語る事件が報じられ、ショックを与えている。被害者たちの惨めな姿を目にするたびにかえって目をつぶりたくなるぐらいだ。そこには夫に暴力を振るわれる妻をはじめ、妻から虐待を受ける夫の叫びもある。彼らは「これじゃ生きる意味がない」と口を揃える。
去年家庭内暴力で処罰を受けた1万2983人のうち、夫を虐待したため刑事処罰を受けた妻が347人(2.4%)で前年比59%増えた。しかし、どうしても家庭内暴力の最大の被害者は妻である。全体の85%を占めており、その他にも老人虐待(2.1%)と児童虐待(1.1%)も見逃せない。いずれも毎年10%以上の増加率を示している。大邱(テグ)地方警察庁は、今年第1四半期の家庭内暴力が前年同期に比べて74.4%増えたいう報告書を出した。
しかし、私たちはすでに1997年に家庭内暴力の深刻さに気づき、これを根絶するための目的で二つの特別法が制定されたことを知っている。私たちが一般に「家庭暴力防止法」と認識しているのは被害者を保護するためのもので、一般の犯罪と違う特別な処罰内容を盛り込んでいるのが「家庭暴力犯罪処罰特例法」である。これらの法律はいずれも市民、社会団体による強力な立法要求を法務部が受け入れる形で作られたものだ。
暴力を振るう夫の妻への接近禁止、妻の住居や職場100メートル以内の接近禁止など、私たちがたまに新聞で判決内容を目にして笑ってしまうのが、まさにこのような保護処分に当たるものである。最長6ヵ月しか効力のない保護処分に違反しない限り、家庭内暴力事件は保護事件という名のもとで刑法が適用されない。
息子が父親に暴行や傷害を加えた場合、尊属犯罪といって加重処罰を受けるよう刑法は規定している。しかし、同じ行為が「家庭内」で起きれば、家庭内暴力事件となって刑法の適用を受けずに済む。夫が妻の命を脅かすほど重い障害を加えても「家庭内」であれば夫は最低6ヵ月間は処罰を受けない。
ずるい加害者であれば処分内容をまじめに遂行するふりをしながら、いくらでも永遠なる兔罪符をもらうこともできる。この間に深い傷を負うのは言うまでもなく暴力の被害者たちである。
しかし、法の価値基準は一つであるべきで、二つになってはならない。 正しい場合も間違った場合もあるということはありえない。これでは判事が何の判決も出せない。このように法律が便法に変わると、国民は何を守るべきか混乱してしまう。そうなると、国民は自分自身に都合のいいようにどちらも守らなくていいと考えるかも知れない。
刑法が家庭に介入してはいけないというのは、犯罪化する必要のないちょっとした犯罪行為に限ることであって、「家庭の暴力者の王国化」を認めるということではないだろう。
法律は社会のすべての単位に平等に適用されるべきである。今日の家庭内暴力問題がこんなに深刻な状態になったのは、法律が不十分なためではない。
刑法に盛り込まれている内容をきちんと守らない司法当局の認識と意志の不足にその原因を求めるべきである。
鞖鍾大(ベ・ジョンデ)高麗大学教授(法学)