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[社説]教科書を政権の広報手段と思っているのか

[社説]教科書を政権の広報手段と思っているのか

Posted August. 01, 2002 22:48,   

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「韓国近現代史」の検定教科書が金大中(キム・デジュン)政権について偏向的に記述して波紋を投げかけた矢先に、現在、中高校で使われている国定の国史教科書も現政権について、功績中心の記述をしていることが新たに明るみに出た。国定教科書の「歴史わい曲」は、検定教科書とは比較にならないくらい大きな問題だ。国定教科書は、歴史編さんを総括する政府機関の国史編さん委員会が制作するもので、すべての中高校生たちが学ぶ本であるからだ。政府が全面に出て偏向した歴史を教えてきたと言っても、言いすぎでなないない。

われわれは、国定教科書と検定教科書の現代史を記述する方式があまりにも酷似しているところに注目する。過去の政権については功罪を同じように取り上げている半面、現政権については功績を浮き彫りにしているからだ。歴史教科書が現代史を取り上げるに当たっては、一定の「枠組み」が存在していたような印象を強く臭わせる

今回の波紋をきっかけに、教科書の制作システムに対する大手術が行われるべきだ。基本的には、現代史教科書が当時の政権を扱う限り、今回のような事態が繰り返される可能性が高いということに留意しなければならない。朴正煕(パク・ジョンヒ)政権をはじめ、以前の政権も教科書を政権美化の手段として用いていた前例がある。何よりも歴史教科書で現政権に関する記述を留保する原則を立てることだ。それでこそ当代のの評価を禁じる歴史記述の原則に見合うことになり、歴史教科書が政権広報のために汚されるのを根本的に予防する道でもある。

今回の教科書わい曲問題の責任の所在について適当にごまかそうとしてはならない。教育人的資源部(教育部)は、関連の責任者を懲戒すると明らかにしながらも、なぜか検定作業に関わった委員たちの名簿さえ公表していない。わい曲された教科書が合格判定を受けたのは、相当部分が検定委員たちに責任がある。教育部は私生活保護と人格保護を理由にあげているが、ガラス張りの行政と責任行政を志向している時代に窮屈きわまる話であるばかりか、何かをかくまおうとしているのでは、という疑心さえ抱かせる。