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[オピニオン]組織暴力団シンドローム

Posted October. 16, 2002 22:50,   

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組織暴力団(組暴)を素材にした映画やドラマに人々が熱狂するのは、「善人の悪党」に対する好意的な感情が一部働くようだ。「善人の悪党」とは、英国のロビンフッドやわが国の洪吉童(ホン・ギルドン)のような義賊のことをいう。暴力でお金を奪い取るものの、そのお金を貧しい人々に配る泥棒たちだ。優れた技と度胸を持っている彼らが弱い者をいじめる人々を懲らしめる痛快さのため、それに伴う暴力行為は隠されてしまう。ある映画では組暴の体に刻み込まれた「善良に生きよう」という入れ墨のために観客が爆笑したこともある。笑いを誘うために作られた場面だろうが、組暴らもそれなりに善良に生きる基準があることはある模様だ。

◆ロビンフッドが活躍していた時と今日とは時代の状況が全く違う。それにもかかわらず、組暴が美化されているのは、彼らのある一方だけを際立たせた大衆媒体の責任が大きい。昨年「友達」など、組暴の映画が相次いで成功したのに続き、風雲児金斗漢(キム・ドゥハン)の生涯を描いたテレビドラマ「野人時代」が絶頂の人気を博して、組暴のシンドロームを受けつないでいる。視聴者にテレビを観る楽しさを与えてはいるが、否定的な影響も心配される。義侠心と勝負の法則など、暴力世界の価値観を過度に浮き彫りにさせる結果をもたらしているためだ。

◆1996年「砂時計」というドラマが放映されていた時、暴力団を真似する青少年が大幅に増えたという調査結果が出たことがある。この前は、映画「友達」を観て、同じクラスの友達を殺害した事件が発生したこともある。インターネットでは「ケンカの勝ち方」など、暴力にかかわる残忍な内容が増えているという。映画やドラマで描写された組暴の活動が最近、権力と政治家の不正不敗と比べられる現象はさらに大きな懸念を呼び起こす。組暴が法と秩序を破壊する集団ではあるが、それでも大型不正を犯す権力層よりはましではないかという論理がそれである。ややもすれば、組暴のどこが間違っているかというとてつもない論理にまで飛躍するのではないか心配だ。

◆もちろん、こうした問題で一次的な批判の対象は、組暴ドラマの制作者というより、腐りきった権力層といえよう。とくにこの数ヵ月間、矢継ぎ早に発覚された権力層の不正不敗は、どの組暴映画よりも、生々しく法と秩序が破壊される姿を見せてくれた。現代社会ではどの暴力も正当化されることはできず、「善人の悪党」はこれ以上存在できない。組暴は組暴に過ぎないのだ。そうでなくても、乱れた世の中で、暴力をあおる組暴シンドロームが広がれば、社会はさらなる混乱に陥り、力の弱い者はさらにこの世を生きる意欲をなくすかも知れない。

洪賛植(ホン・チャンシク)論説委員 chansik@donga.com