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行政自治長官創刊の地方紙、郡で広報料受け取っていた

行政自治長官創刊の地方紙、郡で広報料受け取っていた

Posted March. 12, 2003 22:15,   

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1995年の地方選挙当時に、相手候補を非難する内容が掲載された南海(ナムヘ)新聞を平常より多く印刷して配布したとした東亜(トンア)日報(3月6日付)の記事と関連し、行政自治部の金斗官(キム・ドゥグァン)長官は各マスコミに配布した釈明書で、「明らかな虚偽報道であり、選挙のために1部も多く印刷していない」との立場を明らかにしたが、少なくとも1000部以上多く印刷したことが確認された。

東亜日報の取材チームが単独入手した南海郡の1994年度「一般特別会計歳入歳出予算各目明細書」によると、南海郡は1994年予算に「地域新聞郡政広報料」として1000万ウォンを編成し、南海新聞に支給したとされている。

南海郡で唯一の地域新聞だった南海新聞は、94年新年号から「郡政の知らせ」というコラムを設けて10ヵ月の間、郡の広報記事を掲載した。

同新聞の金光錫(キム・グァンソク)編集局長は、「他の地方新聞は、郡からの住民啓蒙指導向けの新聞代金として受け取った。しかし、南海新聞が受け取らなかったため、当時の郡守が負担を感じ郡政を掲載すれば代金を払う」とし、「今では受け取ってはいけない代金だったが、当時はそのような意識が薄かった」と説明した。

これについて金長官は「覚えていない」と述べ、当時の編集局長だった朴ドンワン行自部秘書室長は、「郡が提案し、郡政に関する知らせを掲載することにして1年契約をした」と説明した。

一方、取材チームが同新聞の94〜96年の広告料入金帳簿を分析した結果、金長官が郡守就任以前の95年上半期には5件(177万ウォン)に過ぎなかった南海郡広告が、下半期から12件(435万ウォン)と2倍以上増加した。同新聞の郡広告は94年11件と225万ウォンだったが、95年(612万ウォン)と96年(490万ウォン)には2倍以上に増えた。

また、金長官が南海郡守に出馬した95年の地方選挙当時、相手候補を誹謗する内容が掲載された95年6月16日付け(244号)の新聞が、平常の発行部数より少なくとも1000部以上多く発行されたことが確認された。取材チームが同新聞の印刷所だった慶南(キョンナム)日報が受け取った印刷料の領収書を確認した結果、240号から250号まで印刷料は165万ウォンだったが、問題となった244号だけ170万ウォン支払われていた。

同新聞が印刷を発注していた慶南日報の徐正相(ソ・ジョンサン)出版部長は、「今の時価で5万ウォンでは1000部(タブロイド白黒24面)ほど多く印刷できるが、8年前はどれほど多く印刷できたかはよく分からない」と述べた。

印刷作業のために慶南日報に行った当時の同新聞記者の李氏と、金氏は「慶南日報の輪転室で新聞を印刷している途中、2階の事務所から呼び出しが来て行くと、事務室の職員から『もっと新聞を印刷することになった』という話を聞かされた」とし、「正確に覚えていないが、少なくとも2000部ほど多く印刷したようだ」と述べた。

これについて、金長官は「1部も多く印刷しなかったと釈明したのは、『私の指示で印刷されたことがないから、1部でも多く印刷されたはずがない』という意味で言った」と弁明した。



金晟圭  buddy@donga.com kimsk@donga.com jaeyuna