剃髪にはさまざまな意味が込められている。遠い昔、欧州では罪人を処罰する時に髪を剃ったという。「髪の毛が生え揃うまで犯した罪を悔やむように」と懺悔の機会を与えたのだ。仏教では、剃髪は仏陀に帰依する門を叩く手続きだ。無数の髪の毛のように心を動揺させる一切の煩悩をきれいに押しやるという象徴的な儀式だ。映画『ハラギャティ(波羅羯諦)』で主人公のカン・スヨンがしずくのような涙をこぼしながら剃髪式に臨むシーンでは、俗世との縁を切る苦しみをうかがわせた。
◆個人や集団が決然とした意思を固めるために剃髪することもある。大きな試合前のスポーツ選手や入試を控えた受験生が髪の毛を切るのもこのためだ。韓国では集団抗議の意思表示として剃髪をするケースがよくある。とりわけ、今年に入ってこうしたケースが多かった。先月、朝興(チョフン)銀行のストの際にも5000人近い労組員が剃髪をして、単一事案で過去最大の人数が参加し「剃髪新記録」を打ち立てたという。5月にはある私立大学の教授21人が財団の横暴に抗議して、毎日1人ずつリレーで剃髪をした。数人の映画人が米国のイラク侵攻と関連して、明洞(ミョンドン)聖堂に集まって剃髪式を行い、反戦の声を高めた。
◆現職の道知事が剃髪するケースも初めてあった。全羅北道(チョンラブクド)の姜賢旭(カン・ヒョンウク)道知事が道民と一緒に集団上京し、環境団体のセマングム干拓事業中断要求に政府が動揺してはいけないとして、ソウルのど真ん中で髪の毛を切ったのだ。同行した道民30人もこれに賛同した。ソウル行政裁判所のセマングム事業暫定中断の決定に抗議して一昨日辞表を出した農林部の金泳鎮(キム・ヨンジン)長官は、1993年のウルグアイ・ラウンド交渉当時、スイスのジュネーブで「コメ市場の開放」に反対して剃髪闘争をしたことで有名だ。その後、剃髪は金長官のトレードマークになった。
◆今回は会社の経営陣まで剃髪する珍風景が演出された。LG化学の工場長が労組のストに剃髪で対抗したのだ。昌原(チャンウォン)工場にある中小企業社長は、労組が設立した翌日、剃髪をして出勤した。労組の占有物と思われていた剃髪を経営陣までもがする様子に、「使用者まで削髪するなんて、よほど思い詰められたのだろう」という話まで聞かれた。だが、剃髪が横行する時代は不安定な時代だ。剃髪は妥協ではなく、戦闘を連想させるだけに、世の中を、がんじがらめにしすさんだものにする。それなりにみんな剃髪しなければならない名分や切羽詰った事情があるだろうが、これを見守る人々の心はそう穏やかではない。剃髪デモの効果がどれだけあるかは知らない。「剃髪の時代」は、いつになったら終わるのだろうか。
宋煐彦(ソン・ヨンオン)論説委員 youngeon@donga.com