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[オピニオン]父の子

Posted August. 04, 2003 22:04,   

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ギリシャ神話の最高神であるゼウスも、最初から神の中の神であったわけではない。ゼウスの父親であるクロノスは、自分も父親に反乱を起こしてティタン族(巨人族)の王座を獲ったが、わが子に王位を奪われるだろうという予言を恐れたあまり、生まれてきた子供を次々に飲み込んでしまった。憤怒した妻は、ゼウスの変わりに大きな石をむつきに包んで飲ませた。やがて生き残ったゼウスは薬でクロノスの腹の中から兄弟たちを吐き出させて、父親に戦を挑み勝利を収めた。この神たちの戦いは、息子が父親を打ち負かして新しい体系、新しい価値観を打ちたてるためには、父殺しの儀式のような激しい闘争を経なければならないということを象徴的に表している。

◆父親は生産・所有・支配・権威の象徴でありながら、心理的には去勢と禁止を象徴するとペンギン版象徴辞典では解釈している。慈愛に満ちているが競争的で、生ませるが、殺すことも思いのままにできるという点で、父親は二重の意味を持っている。だから、父親に対する「克服」は、息子自ら父親になるためには必ず経なければならない過程でもある。父親似でないことを望みながらも似ていき、父親に認められることを願いながらも父親を凌ぐことは叶わないということに気付くという点でも、息子の心理もやはり複合的だ。甄萱(キョンフォン)と神剣(シンゴム)、李成桂(イ・ソンゲ)と李芳遠(イ・バンウォン)、興宣大院君(フンソンテウォングン)と高宗(コゾン)などテレビドラマの時代劇によく出てくる父と子も、殺したり殺されたりの葛藤と愛憎の歴史だ。

◆「偉大な父と息子の肖像」(ポルクマル・ブラウンベレンス外著)を翻訳したアン・インヒ氏は、「偉大な父親の影に隠れた息子は、自分にのしかかった父親の影を越えることは困難だ」と語った。ゲーテは誰よりも人間性を深く探求した大文豪家でありながら、一人息子のアウグストを愛したあまり、生涯を自分の助手として暮らさせた。「鉄血の宰相」ビスマルクは長男ヘルベルトを後継者にしたが、息子の人生は父親の補助的な位置にとどまった。ゲーテとビスマルクは共に83歳と長寿したのに引き比べ、息子たちの寿命は非常に短いということも共通点だ。社会的な成功と父親としての幸福が必ずしも一致するわけではないようだ。

◆急に人生にピリオドを打った鄭夢憲(チョン・モンホン)現代峨山(ヒョンデアサン)会長は、几帳面で学究的な性格ゆえ、父親の故鄭周永(チョン・ジュヨン)名誉会長の厚い信任を得ていたとしられている。自殺した動機について、さまざまな推測が出ているが、遺書から推察して、対北朝鮮事業など亡き父の遺志を受け継げなかった自責も少なくなく作用したものと見られる。大統領の夢を除いてほぼ全て思いのままに成し遂げた父の息子として生きるということは、そう容易なことではなかっただろう。謹んで故人の冥福を祈る。

金順鄹(キム・スンドク)論説委員 yuri@donga.com