1980年代後半、米ニューヨークのハドソン川の船上で定期コンサートを開いてきたバイオリニストのベ・イクファン氏の趣味は料理である。貧しかった留学生の時、べ氏は援助してくれた米国人スポンサーの家を訪問して手料理を披露したりしたという。彼にとって料理は感謝の気持ちを伝える手段なわけだ。80年代には韓国男性で、ペ氏のように「料理が趣味」とはっきり打ち明ける人はまれだった。だが、今はそうではない。名士の中には、よく料理をすると堂々と明言する人も少なくない。台所の近くにも近寄らなかった韓国男性の家父長的な意識が、だいぶ緩和されたのだろうか。
◆世界的な指揮者である鄭明勳(チョン・ミョンフン)氏も「料理マニア」でよく知られている。家で過ごす時は、夫人が料理する機会がめったにないと言うほどだ。鄭氏は最近『鄭明勳のディナー・フォー8』という題名の、彼らしい料理の本まで出している。鄭氏夫婦と三人の息子、そして彼らの将来のパートナーを含めて8人の食卓を完璧に整えたとき、自分の人生が完成されたという意味で付けた題名だと言うだけあって、鄭氏にとっての料理は、家族への愛を表現する方法であるらしい。「料理は私の人生を豊かにし、日々を幸福にしてくれる大切な存在だ」と礼讃する彼は、9月1日にソウル教保文庫(キョボムンゴ)でサイン会を開く。もしかすると多くの人々が「料理を愛する音楽家」ではなく、「音楽を愛する料理人」としての鄭明勳に出会えるかも知れない。
◆同じ材料を使っても、料理する人によって、料理の味は雲泥の差を見せる。材料の取り扱い方と加熱温度、調理の順序から器に盛られた形と色にいたるまで、味を決める変数は数え切れない。創造力を思い存分発揮できるという点で、料理を知的芸術だと高く評価する人もかなり多い。だが、料理で大事なことはやはり、真心と愛ではないだろうか。真心を込めて作った料理を他の人がおいしく食べる姿を見る時の幸福感、それこそまさに料理をする時の醍醐味であるはずだ。
◆ドイツに「良いコックはよき医者」ということわざがある。だとすれば、「料理する男」は周囲に幸福をもたらす医者であるのかもしれない。男が作った手料理を食べる家族は、彼の愛をも一緒に食べることになるだろうから。料理する男が多ければ多いほど、世の中の幸福指数もさらに高まることは明らかだ。男性が台所に立つと面子がなくなるという古い考えはもはや捨てる時がきた。料理に門外漢である韓国男性よ、今度の週末にはエプロンをかけて台所に一度入ってみてはいかがかな。
宋文弘(ソン・ムンホン)論説委員 songmh@donga.com