Go to contents

神々が微笑む地 カンボジア・アンコール遺跡

神々が微笑む地 カンボジア・アンコール遺跡

Posted September. 24, 2003 23:38,   

한국어

先月、3年ぶりに再び訪れたアンコール遺跡地シェムリアップ(カンボジア)。いろんなものが変わっていた。空港ターミナルはきれいに整備され、空港から市内に通る道路には街灯なども架設されていた。平壌(ピョンヤン)から派遣された女性従業員が10人もいる北朝鮮食堂「ピョンヤン冷麺」も意外だったけど、数人しかいなかった韓国人ガイドが43人に増えたことのも驚きだった。3年前は工事中だったソフィテルチェーン(フランス)のロイヤルアンコールホテル(00年10月開館)も客を受けていた。市内には新しく建てたか、建設中の建物も多かった。しかし、変わらないものもあった。カンボジアの人々の美しい笑顔と、遺跡保護のため4階を越えない背の低い建物、そして東洋人の観光客が現れると集って執拗に物売りをする子どもたち。

到着した翌日。アンコールトムを訪ねた。一つの面の長さが3kmもある石造の塀で囲まれた巨大な正四角形の都城アンコール・トム。シェムリアップ周辺の広大な考古学遺跡地に散在した100あまりのなかでもアンコール・ワット(寺院)とともに白眉い挙げられる傑作の遺物だ。城に入る門は全部5個。しかし、観光客たちは最も華麗な南門を主に利用する。

観音菩薩の顔と象の彫刻、ビシュヌなどヒンズー教神の浮彫りが施された華やかな門楼、城を囲んでいる溝に架けられた橋の左右の欄干に並ぶ半人半獣のナガ(クメール人が崇拝した蛇神)像と数十の石造、コンピューターゲームのブロック積み上げを連想されるほど、きっちりと組み立てられた石造彫刻の城壁(高さ8m)など…。

城門を通って1kmほどを歩くとバイヨン寺院が見えてくる。「クメールの笑顔」と呼ばれる観音菩薩の顔が石塔の四方を飾った四面像があるところだ。1863年、フランス人のアンリ・ムオ(アンコール遺跡に関する記録を残した最初の欧州人)の「壮大な廃墟」という記録とは違って、バイヨンは、ある程度原形を取り戻している。1世紀以上がかけた復元事業の結果だ。

寺院の1階には、二つの回廊があり、その回廊の壁には巨大な浮彫りが施されている。そのなかで第1回廊(東西160m、南北140m)の浮彫り。アンコール王朝の最盛期だったジャヤバルマン7世(1181〜1219)が近くのトンレ・サップ湖でチャンパ軍と戦った海戦と、庶民および宮殿と貴族の生活ぶりが刻まれている。

1階上に上がるとテラス(屋上の野外)だ。塔(高さ64m)を中心に16基の尖塔が周辺に並んでいる形だ。穏やかな微笑の観音菩薩四面像は、196個もあったとされるが、現在残っているのは32個だけ。ヒンズー教を信奉していたアンコール王朝で観音菩薩が登場するようになったのは、ジャヤバルマン7世の仏教公認がきっかけだった。バイヨンは、地上に具現されたヒンズー教の宇宙の中心であるメロン山で、宇宙の中心から四方に向かって慈しみ深く微笑む観音菩薩は、すなわち「神聖な王道」アンコールの主人であるジャヤバルマン7世自身を現わす。

1431年アンコール・トムを占領したアユタヤ王朝。彼らは都城と寺院の仏像と神像、黄金と宝石に飾られた装飾物を破壊したり略奪する。黄金と遺物を欲しがってではなく、クメール人の精神から神の存在を破壊することで、捲土重来への意志を挫くためだ。その後西洋人によって発見されるまで400年間余り。アンコールは密林の中に捨てられたまま記録から消える。これまで石で建造した城と寺院は倒れたり崩れたりして密林の一部になる。その廃墟の姿はアンコールトムのタプロム寺院そのまま保存されている。アンコールトムで唯一、19世紀半ば発見当時の姿そのまま残された所だ。寺院の石壁をしっかり握りしめたような形象で根付いた巨大な菩提樹などの姿は奇怪な感じさえする。

廃虚と化したのは自然のせいだけではない。人災でもある。バイヨン近くの廃虚バプオン寺院(1060年完工)を見よう。この巨大な寺院はその姿を確認することができないほどだ。完全に解体した後、組み立てる復元作業が地盤沈下で失敗したからだ。ピラミッドのように寺院内部に宝物が隠されていることと信じた人々の仕業という話も出ている。

それだけだろうか。1876年パリ万国博覧会を通じてクメールのアンコール遺跡の紹介された後、カンボジアは収集家の標的となった。幾多の彫像が絶えず不法に搬出された。フランス文化長官を勤めた前衛作家アンドレ・マロー(1901〜76)。彼は23年アンコールトム近くの寺院バンテアイスレイで重要な彫刻何点を盗んで不法搬出しようとしたが、プノンペンで逮捕され実刑を言い渡れて執行猶予で釈放された。その現場のバンテアイスレイを見よう。寺院外壁を飾った仏像のうち、頭が付いているのはほとんどない。

アンコールの夕陽。バイヨンで会う「クメールのほほ笑み」ほど印象的だ。夕暮れのアンコールワットの中央塔の下のテラスに上がれば、西の方につながった長い参道の向こうの西の空に赤い夕焼けが広がる。そこに腰かけてくたびれた足を休みながら鑑賞する夕焼け。毎日繰り返される日暮れのように歴史も繰り返される。侵略で捕獲した奴隷の血の汗で起こした王国の栄華、そして奴隷の後裔によって王国が崩壊される過程の繰り返し。その平凡な歴史を我々はアンコールで見る。遺物は元の席でその光を放つ。アンコールのすべての遺物がもとに戻って来てこの美しいシエムリアップの夕陽に薄赤くまた染められる日を待つ。



summer@donga.com