犯罪を共謀したあなたと相棒がつかまった。二人は会話ができない独房にそれぞれ留置された。警察は罪状の決定証拠をつかめず、二人を軽い罪で1年の刑にするしかできない。その時、警察があなたと相棒に交渉案を持ちかけた。「もし、お前が相棒の罪を証言して相棒が沈黙した場合、お前は無罪放免になり、相棒は3年の刑を受ける。お前と相棒いずれもが罪を認めれば、二人とも2年の刑を受け、二人とも黙秘すれば1年の刑になる」。あなたと相棒は、自分が決断するまで互いの決定を知ることができず、相棒がまったく同じ提案を受けているという話のみを聞く。あなたはどうするか。
あなたと相棒に最も良い選択は、証言をせずに1年の刑を受けることだ。しかし、このためには相棒が自白しないという信頼がなければならない。問題は、あなたと相棒いずれもが自分の利益を最優先に考えるため、そのように信頼できないということだ。あなたが自白せず相棒が自白すれば、あなたは3年の刑を受けることになる。あなたは自白したのに相棒が自白しなければ、あなたは釈放され、相棒が自白したとしても2年の刑だけ受ければ良い。したがってあなたの選択は自白することだ。
まさにここで囚人のジレンマが発生する。
利益が葛藤を生む状況で登場する囚人のジレンマは、相手も自分の利益を最優先に考える時、自分の利益を追求する当事者にとって合理的な最善の戦略は、協力よりも主義主張を変えることだという。
1950年、米国初のシンクタンクと言えるランド社の二人の科学者フロッドとドレッシャーが発見し、ランド社の諮問役であるアルバート・ターカーが完成させた囚人のジレンマは、ゲーム理論の代表格である。
この本は、自分の利益を最大化しようとする、合理的だが互いに信頼しない存在間の葛藤に関する研究であるゲーム理論を作った天才数学者フォン・ノイマン(1903〜1957)の伝記で、ゲーム理論が冷戦と核兵器競争で果たした役割に関する社会史的な記録である。
囚人のジレンマを最もよくあらわすのは、第2次世界大戦後の冷戦時代に発生した米国とソ連の核兵器競争だ。両国は、原子爆弾よりも破壊力が大きい水素爆弾の製造に乗り出した。しかし、水素爆弾の製造はコストが高く、相対的に国家の貧困をもたらし、国民の不安だけを加重させる。このように両国の利益はあんまりなく、製造を保留しさえすれば互いに利益となる状況であるが、軍事的優位への誘惑や、水素爆弾を保有できずに弱者になるという恐怖のために、競争に突入した。このジレンマの核心は、誰も明らかに優位を占めることができない競争が続くということだ。
ロング・ジレンマを早期になくすために、まだ水素爆弾を製造できずにいるソ連を攻撃して、無力化させる「予防戦争論」をフォン・ノイマンが主張したということは、時代のアイロニーだと言える。
囚人のジレンマは、国際問題だけでなく、日常生活でも発見できる。最もありがちなタイプは、「フリーライダー・ジレンマ」だ。切符を買って地下鉄に乗ることが自治団体の財政に役立ち、結果的に税金の節約になり、大衆が良い施設の恩恵を受けるようにもなる。しかし、フリー・ライダーは、その信頼に反し、大衆の中に隠れてしまう。
著者は「敵を相棒と見る能力」を持つなら、囚人のジレンマはさほど悩まないゲームになると言う。著者は、本の第一章の末尾に「囚人のジレンマで共同線を促進する方法はあるか」と問いかけ、最終章で自ら解答を与えている。
「人類の長期的生存は、我々が今していることよりも、多くの協力を促進する方法を考案することにかかっていると見る点で、フォン・ノイマンは正しいだろう」
原題:『Prisoner’s Dilemma』(1992年)。
閔東龍 mindy@donga.com