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漢拏山のおかげで「強い体力」 山岳人・呉熙俊氏

漢拏山のおかげで「強い体力」 山岳人・呉熙俊氏

Posted November. 11, 2006 04:26,   

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「この人は人間か」

今年に入り、世界最高峰であるエベレスト(海抜8850m)を皮切りに、ヒマラヤ8000m以上の高峰4つに相次いで登った呉熙俊(オ・フィジュン、36、ノースフェイス・アルファインチーム)氏。呉氏については世界で初めて山岳グランドスラム(ヒマラヤ8000m14座と世界7大陸最高峰の完登及び地球3極点到達)を成し遂げた朴英碩(パク・ヨンソク、43、ゴールドウィンコリア理事)氏も感嘆する。

●漢拏山の待避所まで47kgもの荷物を配達しながら訓練費用を

事情はこうだった。マナスル(8163m)を登頂し、先月30日にヒマラヤから帰国するやいなや、呉氏は朴氏に「なにか、ずっと目まいがして、お腹が痛い」と言い、「病院に一度行ってみなきゃ」と話した。平素、山岳界で「体力マン」と言われていた呉氏が病院に行くということ自体が不思議なできごと。診断結果は深刻だった。朴氏を静かに呼び止めた医師は「胃膓、十二指膓はもちろん、腸まで消化器官に正常なところがない。この体でどうやって山に登ったのか驚くべきことだ」と話し、直ちに入院指示を下したのだ。3月から8ヵ月間、ヒマラヤ高山の低い気圧でまともに食べることができなかった栄誉の負傷だった。しかし、呉氏は半月程度入院しないと、もとのコンディションを取り戻すことができないという医師の診断をあざ笑うかのように、1週間で病床から起きあがった。

呉氏が山と縁を結んだのは1989年、済州(チェジュ)大学の山岳部に入ってからだ。ヒマラヤとの出会いはやや遅く、山岳入門10年目の1999年に済州山岳連盟遠征隊の最若手隊員としてチョー・オユー(8201m)に登頂した。

その10年間、呉氏は漢拏山(ハンラサン)、雪岳山(ソルアクサン)、智異山(チリサン)など国内の山々を登りながらトレーニングに専念した。生活費と訓練費は肉体労働をして稼いだ。漢拏山の登山路であるヨンシルからウィッセオルム(1700m)、城板岳からチンダルレ待避所(1800m)まで、47kgにもなるジュース6箱を背負って登り、1日に7万ウォンもらった。「お金のこともあったが、あの時は体力トレーニングに大いに役立ったようだ」と呉氏は言う。

●朴英碩師団で5峰登頂…5峰は独自登頂

呉氏は00年から「朴英碩師団」の一員として、00年7月30日にブロード・ピーク(8047m)から2001年K2(8611m)まで連続4峰に登り、新人山岳人として注目を集め始めた。朴氏と一緒に南北極点の遠征にも成功し、エベレストを含む地球3極点到達の記録も持っている。今年5月に朴英碩遠征隊の部隊長としてエベレストに登った呉氏は、直ちに一人でガッシャーブルムベースキャンプに向かい、7月に1峰(8068m)と2峰(8035m)に相次いで登っており、10月20日にはマナスル(8163m)の頂上にも登った。登頂した8000m10個の峰のうち、5個に朴英碩氏と一緒に登っており、残りの5個は別途に遠征隊を率いて頂上に登った。

呉氏の目標は何だろう。「もちろん、山に登り続けることです。最近、よく一人で遠征準備をしていて、高山の登山にも映像撮影など自分ならではの特技が必要だと考えました。『私の特技になるようなものは何か』考えてみなくちゃ」と的外れの答えをしながら笑った。



jeon@donga.com