「体もまだ大丈夫だし、ファンも願っているし、1年もっと活躍したかったんです。しかし、申致容(シン・チヨン)監督をはじめ球団の関係者たちから、引退を勧められました。最初は傷つきましたが、今考えてみると良い選択だったと思います」
京畿道龍仁市(キョンギド・ヨンインシ)のあるコーヒーショップで会った申珍植(シン・ジンシク)はそう話したが、コートを離れることをまだ完全に受け入れてないようだった。寂しそうに見えた。足首と膝を50回余り骨折し、肩と手首の手術を受けるなど、まともなところがないが、まだ後輩たちとの競争で勝ち抜くことができるという自信に満ちていた。
「自分がうまくやったというより、後輩たちが私を追い抜こうという努力を見せませんでした。それで長く活躍できました。うちの球団が世代交代が遅れたと言うけど…。後輩たちが上がってきてこそ世代交代になるのではないでしょうか」
申珍植は後輩たちがもっと死に物狂いの思いで運動をしなければならないと話した。
「プロになると、お金と自分だけを考える傾向が強いです。チームの成績が良くなければ何の意味もありません。チームのために走らなければなりません」
申珍植は5年前から申監督から「お前はリーダーになれば、うまくやるだろう」と言われた。高校の恩師である金ウンチョル益山ナムソン高校監督もそうだった。申監督は「(申)珍植は基本技がしっかりしていて、後輩たちの模範になりうる。勝負欲も強い。ただ、スタープレイヤーたちの陥りやすい自分中心の考えから脱し、リーダーの勉強をきちんと受ければ、とても立派な監督になる」と話した。
申珍植が最も念頭に置いているのも「後輩たちの視点に立ったリーダー」だ。
スタープレイヤーが立派な監督になれない主因が自分の目の高さで指導するからだということをよく知っている。申珍植は「正直にいって、目の高さを下げることが難しいです。しかし、立派なリーダーになるためにはそうしなければなりません」と言って笑った。
来年にはスポーツ科学の本場、米国に留学する。国内を超えて世界的な監督になるためには英語が必須だ。ブラジルや日本ではなく、米国を選んだのもそのためだ。
「いきなり勉強をしたら大変です。練習のほうが易しいと感じます。でも、やってみせますよ。スター選手だけにとどまるのは少し悔しいでしょう。スター監督にもなりたいです」
24年間、馴染んだコートを離れ、久しぶりに二人の息子ヒョンス(11)、ヒョンビン(2)と多くの時間を過ごしながら、リーダーとして「第2の人生」を準備している申珍植。彼が「コートのヒディンク」として帰ってくることを期待する。
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