「矛と盾の脚本のないドラマをご存じですか」。金色に輝く黄金獅子が60回の大会を通じて誕生させた数多くのスターを紹介する。
▲「太陽を投げる男」チャン・テヨン〓慶南(キョンナム)中学校(現在の慶南高)は、1947年の黄金獅子旗初大会から3回の大会まで3年連続優勝を果たした。その中心には慶南中の左腕投手のチャン・テヨン(1999年死亡)がひかえていた。チャン・テヨンは160センチ前後の低い身長にも関わらず、当時としては驚くべき時速140キロの「太陽」を投げた。
▲朴ノジュン、宣銅烈(ソン・ドンヨル)を下す〓1980年第34回の大会決勝でソンリン商業高校(商高)の朴ノジュン(SBS解説委員)と光州(クァンジュ)第一高校(一高)の宣銅烈(三星監督)が出くわした。2人は当時、高校最高の選手。しかし、勝者がいれば敗者もいる。朴ノジュンは3対3の同点だった8回、宣銅烈を相手に2点のタイムリーホームランを放ち、5−3の優勝を牽引した。
▲外柔内剛の宋津宇(ソン・ジンウ)の力〓プロ野球史上、初めて200勝を収めた韓化(ハンファ)の宋津宇も、黄金獅子旗で光を放った。宋津宇は清州(チョンジュ)セグァン高所属で1982年、第36回の大会決勝で完投し、慶南高に4−3で勝った。彼の活躍のおかげでセグァン高は誕生29年で初めて全国大会のトップに立つ感激を味わった。
▲ドクター・ボン、ビック・チョイを泣かす〓1997年第51回の大会はシンイル高の奉重根(ボン・ジュングン、LG)のためのお祭りだった。奉重根は予選から決勝まで4試合全てで勝利投手になり、2年連続で優秀投手に選ばれた。シンイル高の奉重根と光州一高の崔熙燮(チェ・ヒソプ、KIA)は決勝でまみえた。崔熙燮は7−7の同点だった9回、3塁まで出塁したが、捕手の牽制球にかかってアウトにされた。シンイル高は続く攻撃で金グァムサムのサヨナラ安打で8−7で光州一高を制した。
▲「スターの予感」「美男子」のイム・テフン〓ソウル高のイム・テフン(斗山)は昨年、60回大会の開幕戦でスター誕生を知らせた。トンサン高との試合で6回を投げて1安打5三振無失点と好投し、チームを勝利に導いた。チームはベスト8で脱落したものの、イム・テフンは鋭いストライクと切れのよい変化球で、プロ野球のスカウトの注目を受けた。彼は今年、斗山(トゥサン)のルーキーとして新人王の第一候補にあがっている。
この他、「打撃の達人」の張孝祚(チャン・ヒョジョ、三星スカウト)は、大邱(テグ)商高時代の1973年、第27回大会で優勝を牽引し、優秀選手と打撃1位(0.428)に輝いた。趙成鏜(チョ・ソンミン、韓化)はシンイル高時代の1991年、第45回大会の決勝で光州一高を14−2で制する上で大きな活躍をして優秀投手に選ばれた。
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