ほぼ毎年、ノーベル文学賞候補にあげられているトマス・ピンチョンは、ポストモダニズム文学の先駆けといわれる作家だ。氏の小説は複雑な象徴と難解な内容で有名だ。「重力の虹」は1974年のピューリッツアー賞候補に推薦されたが、同賞委員会は「難解すぎる」という理由で却下、その年の受賞作を出さなかった。
1966年に発刊されたピチョンの第二作「競売ナンバー49の叫び」は、複雑怪奇で有名な氏の作品の中では相対的に読みやすいと評されている。
この小説は、米国の平凡な中間層の主婦エディパがかつて付き合っていたピアス・インヴェラリティという不動産富豪の死と、彼女が遺産処理の執行人に指定されたことを知らせる手紙を受け取るシーンから始まる。
ピアスの遺産処理のため、カリフォルニア南部のサン・ナルシソに赴いたエディパは、偶然に偽造切手を製作して流通させる「トライステロ」というヤミ郵便組織を発見し、その正体を確かめようとする。エディパは、「トライステロ」が「W.A.S.T.E」という名称で貧困層が利用するヤミ郵便組織であり、「W.A.S.T.E」とは「We Await Silent Triestero’s Empire」(我々は静なトライステロ帝国を待っている)の頭文字であることを突き止める。
コーネル大学に入学後、物理学から英文学に専攻を変えたピンチョンは、この小説で物理学の「エントリピー」理論を情報疎通に対する隠ゆとして使っている。つまり。外部へ開かれ、外部と交流しない閉じられた体系は破滅を避けられないだけに、開かれた体系への転換が必要だと示唆する。
「トライステロ」を追っていたエディパは、次第に自分が信じていた真実と現実に懐疑的になり、自分が信じていた日常世界は崩壊し、異世界が到来するかもしれないという疑念を抱くようになる。
小説の最後の部分でエディパは、偽造切手がナンバー49品目で競売にかけられたことを知る。ヤミ組織の「トライステロ」が実在するなら、秘密を守りきるために入札に来ると思ったエディパは、競売会場を訪れる。
小説は何かを待っているエディパの姿で終わる。結論を急がないこのような「開かれた結末」はポストモダン文学の特徴の一つの「開放性」のモチーフにつながる。
この小説には米国の大衆文化のパロディーや数多くの象徴が登場する。「編集者注」がなければ象徴であることさえも気付けないものも少なくない。ピンチョンは、この小説で虚構と現実を織り交ぜ、意図的に歴史的な事実をゆがめて記したりもする。そうした作法でピンチョンは
「公式」の歴史をはじめ、全ての「原典」の信ぴょう性に疑問を投げかける。
ピンチョンの作品に不慣れな読者には、本の末尾にある訳者解説を先に読むのを薦めたい。訳者はピンチョン研究で博士号を取得したソウル大学英文学科の金聖坤(キム・ソンゴン)教授。作品全体と細密な象徴に対する金教授の明快な解説は、迷路のようなこの作品の真の価値と面白さを見出す上で欠かせない道しるべである。
sjkang@donga.com