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独島艦から出動した装甲車、「突撃、前へ」

独島艦から出動した装甲車、「突撃、前へ」

Posted September. 10, 2008 03:28,   

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9日午前10時、仁川市中区月尾島(インチョンシ・チュング・ウォルミド)の沖合。対艦誘導弾が搭載された海軍の1万4000トン級の大型上陸艦である独島(トクト)艦の指揮所から緊急命令が発せられた。

「全将兵は月尾島上陸のために突撃しろ」

独島艦と4500トン級の輸送艦・香爐峰(ヒャンロボン)号に搭載されていた海兵隊の韓国型上陸突撃装甲車26台が激しい水しぶきを上げながら、月尾島に向かって突き進み始めた。

上空では、海上作戦ヘリ8機が海兵隊員が乗った装甲車を援護する一方で、落下傘で海へ飛び込んだ潜水部隊員らによる水中浸透作戦が展開された。

約10分後、敵の防御線を突破して装甲車が月尾島に無事に接岸すると、独島艦では上陸作戦の成功を知らせる歓声が上がった。

その歓声もつかの間、独島艦はまた別の命令を発した。

「上陸軍は橋頭堡を確保するため、第2戦闘地域へ移動せよ」

1950年、韓国戦争が勃発して80日で、洛東江(ナクトンガン)戦線まで押しのけられた戦勢を一気に巻き返し、北進の契機を作った仁川(インチョン)上陸作戦。その58周年の記念日(15日)を控えた同日、仁川の沖合では意義深い行事が催された。

仁川市と海兵隊司令部が、風前の灯だった祖国を救うために命を捧げた戦争英雄の崇高な魂をたたえ、仁川上陸作戦の意味を改めて考えるため、初めて上陸作戦を再現したものだ。

「北朝鮮軍が上陸作戦を阻止するため、無差別に銃弾を撃ちまくっていたが、ただひたすらに国を守るのだという使命感一つで月尾島に向かって全身を投じたんだ」

戦争が起きると、志願入隊して国軍海兵隊に配属され、連合軍とともに上陸作戦に参戦した70代の老兵らの感慨には特別なものがあった。上陸作戦に参加した功労で贈られた武貢勳章を胸につけて、再現行事を見届けた「9・15仁川上陸作戦参戦勇士会」所属の会員らの目頭が赤くなった。

同会の金ジャンヨル会長(76)は、「北朝鮮の南進から端を発した韓国戦争は序盤、守勢に追い込まれたが、上陸作戦の成功で戦勢が逆転し、赤化の野望を阻止することができたことを、国民は絶対に忘れてはならない」と話した。

李ホンヒ海兵隊司令官(中将)は、「当時、連合軍はあらゆる悪条件を乗り越えて、上陸作戦に踏み切り、危機に直面した大韓民国の運命を蘇らせる転機を築いた」と述べ、「3200人に上る尊い命の犠牲がなかったら、現在我々が享受している民主主義もなかったはずだ」と強調した。

同日、行事が終わった後、月尾島の「文化通り」では韓国戦争の参戦勇士と約1000人の市民が参加した中で記念式典が行われた。

トマース・ローデン在韓米海軍司令官(准将)は、「今日は58年前、261隻の艦艇と7万5000人の兵力が投入された歴史的な上陸作戦を米議会が承認した日だ」とし、「韓米両国の伝統的な友好協力関係をさらに深める契機となるだろう」と語った。

安相洙(アン・サンス)仁川市長は、「フランスがノルマンディー上陸作戦の記念日を歴史的な祭りに昇華させたように、我々もこれから仁川上陸作戦記念式を全国民が参加する行事に育てていく計画だ」と話した。

一方、ニューライト全国連合は、政府樹立および軍創設60周年を記念するため、このほど、仁川上陸作戦を映画化する事業を推進することを決めている。



kchwang@donga.com