熱い涙を頬を伝わった。右手で顔を隠したが、なかなか涙は止まらなかった。金妍兒(キム・ヨナ、20=高麗大)は、演技を終えた後、うれし泣きをした。13年間、スケートで滑りながら、数え切れないほど流した涙。きつくて泣き、痛くて泣いた。しかし、競技が終わった後、ファンの前で涙を見せたのは初めてだった。肩から大きな荷物をやっと下したという感じがして、さらに胸が一杯になった。まだ、結果は出ていなかったものの、もう勝利を予感したように見えた。
26日、カナダ・バンクーバーのパシフィック・コロシアムで行われたバンクーバー冬季五輪フィギュアスケート女子シングルフリースケート(FS)で、ジョージ・ガーシュウィン作曲の「ピアノ協奏曲へ長調」のピアノ旋律に合わせて演技を始めた金妍兒は、4分9秒の間、華やかな演技を披露した。
最初の3回のジャンプでもうメダルの色は決まったのと同然だった。トリプル・ルッツとトリプル・トゥループコンビネーションジャンプ(連続3回転)に続いたトリプル・フリップ(3回転)、ダブル・アクセル/ダブル・トゥループ/ダブル・ループ(2回転半のジャンプに続き、再び連続2回転ジャンプ)まで完璧にこなした。
難易度の高いジャンプをきちんと決めた彼女は、もう気楽に滑ることができた。1万5000人余りの観衆は魔法にかかったように金妍兒の一挙手一投足に視線を集中して絶えず嘆声を漏らし、起立拍手を惜しまなかった。
一寸の後悔もない無欠点の演技を終えた金妍兒は、ブライアン・オーサーコーチとキス・アンド・クライ・ジョーンで点数を待って「オーマイゴッド!」を叫んだ。電光板に示された点数は150.06点。24日のショートプログラム(SP)で獲得した78.50点を合わせて歴代女子シングル最高記録の228.56点だった。完璧な優勝だった。
信じられないという表情で開いた口が塞がらなかった金妍兒は、五輪の受賞台の一番高いところに立った。首には特に輝きを放つ黄金色のメダルがかかっていた。愛国歌を口ずさんでいた彼女の目頭が再度熱くなった。6歳の時に本格的にスケートを始めたあの時からそれほど望んでいた目標を成し遂げたことに対する喜びと幸せの涙だった。この場面を見守っていたファンも一緒に笑い一緒に泣いた。
誰もが金妍兒の五輪の金メダルを当たり前なことだと思っていた。期待が大きいほど、心理的なプレッシャーも大きくなるので、意外の成績が出たりもするものだ。最近の5度の五輪女子シングルSPで1位につけた選手が金メダルを取ったのは1度に過ぎない。1992年、アルベールビル大会でクリスティー・ヤマグチ(米国)がSPとFSでいずれも1位につけ、金メダルを獲得しただけだ。
金妍兒が8歳の時、テレビで見た1998年長野冬季五輪ではミシェル・クワン(米国)が強力な優勝候補に挙げられたが、銀メダルに止まった。金妍兒のような世界選手権大会の優勝者が五輪とは縁がなかった場合もザラだった。
しかし、金妍兒は違った。よく言われる「五輪ジンクス」まできれいに吹き飛ばした。周りの状況を意識せず、たゆまぬ練習と特有の自信で正面突破した。「正直に言って、どの時よりもプレッシャーがなかった。心を空にして、天に全てを任せた」と、彼女は言った。それほど徹底した準備過程を通じ、自信があったからこそできたことだった。
24日のSPでも自分のすぐ前で演技したライバルの浅田真央(日本)がシーズン最高得点を記録して動揺してもおかしくなかったが、にっこりと微笑んで全く気にしなかった。十字を切って舞台に上がった彼女は、かえって浅田を圧倒する歴代最高得点を獲得し、金メダルへの土台を整えた。
歴史に残る舞台だったと評価された金妍兒は、数々の記録も残した。彼女は世界選手権大会(09年)とグランプリファイナル(06、07、09年)、4大陸選手権大会(09年)の優勝に続いて、五輪制覇までして女子シングル選手としては初めてグランドスラムを達成した。
辺境と呼ばれていた韓国フィギュアスケートの底力も世界へ誇示した。韓国フィギュアスケートは、1968年グルノーブル冬季五輪・フィギュアスケートに李グァンヨン(男子)、金ヘギョンと李ヒョンジュ(以上女子)が初出場したものの、メダルは高嶺の花で、出場できるかどうかも分からないのが現状だった。
金妍兒のフリースケートの点数の150.06点は、昨年10月、フランス・パリ・グランプリ第1戦で、彼女が記録した歴代最高得点(133.95点)を16.11点も上回る大記録だ。同日もらった総点228.56点も自分が持っていた女子シングル最高得点(210.03点)より18.53点も高い大記録だ。早くから空前絶後の記録になるという展望まで出ている。
今回の五輪フィギュアスケート男子シングルでエヴァン・ライサチェク(ロシア)は257.67点で金メダルを取った。金妍兒の記録は男子シングルでは出場選手24人のうち9位に当る。金妍兒より低い点数をもらった男子選手が16人もいる。
フィギュアスケートシングルは、男子選手らのジャンプの難易度が高くて、女子選手とは通常60〜70点の差がつく。06年トリノ大会の時、男子シングルの金メダリストのエフゲニー・プルシェンコ(ロシア)は258.33点を記録した反面、女子シングルで優勝した荒川静香(日本)は191.34点だった。金妍兒本人も、「私がもらった点数がまだ信じられない。男子選手の点数に近いようだ」と驚きを隠さなかった。金妍兒の爆発的なジャンプと優雅な演技は男女のハードルも越えるような勢いだ。
夢を叶えた金妍兒。もう金妍兒は他の誰かの夢になった。
李明博(イ・ミョンバク)大統領は26日、金妍兒選手に祝電を送り、「これまでの骨身を削った努力が今日の栄光で実を結んだ。金選手の勝利に向けられた熱情と闘士は、国民のみんなに大きな感動と喜びを与えた。今回のメダルは、SPとFS、そして合計点でいずれも世界新記録という偉業を達成してさらに貴重だ。国と国民の名誉を高めたバンクーバー五輪の英雄、金妍兒選手にお祝いと感謝の意を伝えたい」と賞賛した。
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