
2009年に世界舞台で頭角を現したケルメンディは、2010年からワールドカップやヨーロピアンカップ、グランプリで優勝を果たした。2012年のロンドン五輪に出場し、2013年には女子52キロ級で世界ランキング1位に立った。
しかし、当時ケルメンディの祖国はコソボではなくセルビアだった。国際司法裁判所が2010年7月にコソボの独立を認めたが、国際オリンピック委員会(IOC)はコソボの国家オリンピック委員会(NOC)を2014年12月になって認めたからだ。リオ五輪はコソボが自国の国旗を掲げて出場した初の五輪だ。
ケルメンディの優勝は1946年のロンドン五輪重量挙げで韓国に初の五輪メダルをもたらした故金晟集(キム・ソンジプ)氏を思い起こす。初めて太極(テグク)マークを付けて重量挙げに出場した金氏は銅メダルを獲得し、世界のスポーツ界に独立国家になった大韓民国を知らせた。当時、金氏の活躍を報じた東亜(トンア)日報は、「三千万民族の喜びと言わざるを得ない」と感激の瞬間を伝え、BBCの電波を借りて放送したソウル中央放送局(KBSの前身)のアナウンサー、故ミン・ジェホ氏は金氏の入賞を伝える間、泣きながら放送した。
이원주기자 イ・ウォンジュ記者 takeoff@donga.com





