Go to contents

知韓派の日本人女優・黒田氏「日韓交流において旅行ほど良いものはないですね」

知韓派の日本人女優・黒田氏「日韓交流において旅行ほど良いものはないですね」

Posted September. 07, 2017 09:09,   

Updated September. 07, 2017 09:54

한국어
「日本がいくら努力してもついていけない韓国文化が3つあります。仏教、儒教、漢方です。それを一度で感じることのできるところが大邱(テグ)です」

先月31日、日本の東京韓国文化院で開かれた大邱観光写真展の開幕式に出席した一人の日本人女性がマイクを手にして熱弁をふるった。水色のチョゴリに青緑のチマを着た知韓派女優「黑田福美(61)氏だった。司会者から、「韓国人より韓国をもっと愛している」と紹介された彼女は、34年間、日本で韓国を知らせることの先頭に立ってきた。韓国に300回以上も行ったことがあるという彼女は、韓国観光名誉広報大使でありながら京畿(キョンギ)、大邱、浦項(ポハン)、陜川(ハブチョン)の広報大使も務めている。観光ガイドブックも数冊書いた。黒田氏は、「韓日両国民が交流し、理解するためには、旅行ほど良いものはない」と強調した。

「韓国は私の宿命」と言う彼女も、かつては社会的論議の真ん中に立たされたことがあった。2008年、神風自殺特攻隊員として死亡した卓庚鉉(タク・ギョンヒョン)氏の慰霊碑建立を推進したことがきっかけとなった。黒田氏は先月、10数年前の騒ぎの顛末をまとめて、「夢の前後」というタイトルの本を出版した。

彼女は同日の行事後、東亜(トンア)日報とのインタビューで、「純粋な気持ちで慰霊したいと思っただけだった。敏感なことであることを知っていたので慎重に進めていたので、それがあんなふうになるとは思わなかった」と当時を思い出した。

黒田氏は1991年、夢の中で見知らぬ朝鮮人の青年に出会った。彼は、「私は朝鮮人だが、日本人の名で死んだのが残念だ」と話した。うわさをたより探した末、彼は1945年5月に出撃して、沖縄の海上で死亡した卓氏だという確信を持つようになった。卓氏が出撃の前日、行きつけの飲食店を訪れ、涙を流しながら大きな声でアリランを歌ったという事実も知った。

黒田氏は、卓氏の故郷である慶尚南道泗川(キョンサンナムド・サチョン)に慰霊碑を立てたいと心に決めて、市長の協力を得て敷地を確保した。最初は韓国内の世論も前向きだった。しかし、終盤に市民団体が、「親日派の慰霊碑はだめだ」と反発し、当日、その行事が取り消された。碑石も撤去された。

黒田氏は、「卓氏も自分の祖国が日本で、日本人の名前で生きなければならなかったことが悔しかったはずだ。彼の魂が故郷に帰れる場所を作ってあげたかっただけだ」と釈明した。

その翌年、京畿龍仁(ヨンイン)にある法輪寺に移して碑石を立てた。しかし3年後、地上波放送を通じてこの事実が知られ、再び議論となり、結局碑石を横倒しにしなければならなかった。以来、毎年、重陽節である旧暦9月9日に法輪寺を訪れている。黒田氏は、地方撮影に行けば朝鮮人が強制徴用などで犠牲となった場所を訪れ、小石を拾ってくる。法輪寺に持ってきて、一緒に慰霊するためだ。



張源宰 peacechaos@donga.com