「5倒れ6起き」の男と呼ばれる韓国障害者スキーの看板シン・ウイヒョン(38・チャンソン建設)が国際パラリンピック委員会(IPC)が選んだ平昌(ピョンチャン)冬季パラリンピックの「トップ5メダリスト」に選ばれた。
IPCは21日、ホームページに今大会の金メダリスト80人を含む241人のメダリストの中で、最も輝いた選手5人(団体を含む)を紹介した。シン・ウィヒョンが17日、クロスカントリーの7.5キロで首位になった直後に、左手に太極旗(テグッキ)を持ったまま雪原で叫んだ写真が、該当コーナーのメイン写真として一緒に掲載された。IPCは、「シン・ウイヒョンは韓国唯一の金メダリストであり、ホーム競技で最も成功した選手だ」と紹介した。
今回の大会で彼が見せたレースは、それほど劇的だった。シン・ウイヒョンは、バイアスロンとクロスカントリーの7つの細部種目に出場して63キロを走った。殺人的なスケジュールをこなしながらも、彼は最後まで闘志を燃やした。シン・ウイヒョンは10日、金メダルを取ることを期待していたバイアスロンの7.5キロで射撃でのミスにより5位で大会レースを終え、その翌日のクロスカントリー15キロ(座式)で初のメダル(銅)を獲得したが、レースを止めなかった。
彼は、「金メダルを取って、必ず授賞式場に愛国歌(韓国の国歌)を鳴らしたい」という約束を守るために、毎回必死で走ったという。結局、6回目のレースだったクロスカントリー7.5キロで夢を成し遂げた。「戦場に出た気持ちで、『これを成し遂げなければ死ぬ』という覚悟で走った」という彼は同日、韓国パラリンピック史上初の金メダルを首にかけた。
「光栄です。頑張って取った金メダルだけに、なおさら大事ですね。私もやったのだから、他の方々も私を見て『やればできる』という希望を抱いて欲しいと思います」
IPCのトップ5のメダリストに選ばれたというニュースに、シン・ウイヒョンは21日、再び平昌パラリンピックを振り返った。彼は、「大会直後、久しぶりに会った友人たちから『すごい。誇らしい』と称えてもらい、恥ずかしかった。しかし、大きなことを果たしたような気がして誇らしかった」と話した。シン・ウイヒョンは「全種目(7種目)に参加して、障害者スポーツも健常者スポーツに劣らぬほど大変である上、選手たちが最善を尽くして走ることを見せたかった。国民に感動を与えたかった」と話した。
IPCは、平昌冬季パラリンピックの総合首位についた米国チームとアルペンスキーの視覚障害部門で4冠王になったヘンリエッタ・パルカショワ(スロバキア)、冬パラリンピック史上初の金メダルを獲得した中国車椅子カーリング、大会5連覇を達成したクロスカントリー視覚障害部門のブライアン・マッキーバー(カナダ)も、シン・ウィヒョンとともに目を引くメダリストに選んだ。
試合の終盤に決まった決勝ゴールでイタリアを1―0で破った後、氷の上に大型太極旗を広げて観客と涙で愛国歌を歌った17日の韓国障害者アイスホッケーチームの銅メダル決定戦は、IPCが挙げた平昌パラリンピックの名場面トップ5に選ばれた。がん手術の2カ月後に出場して、女性スノーボードで金メダルを獲得したオランダのビビアン・メンタルスペイ、中国の車椅子カーリングとブライアンマッキーバーの金メダル獲得の瞬間、スイスのTheo・Gmurがパラリンピックに初出場して、アルペンスキー3冠王になった瞬間などが挙げられた。
金在亨 monami@donga.com