最低賃金の引き上げと週52時間勤務制は、労働者の生活をより豊かでゆったりしたものにしたいという善意からスタートした。政府は、労働者たちの所得増加のために、昨年と今年、最低賃金を29.1%引き上げた。週52時間勤務制を導入して、長時間労働が日常化された労働者の処遇を改善し、労働時間の削減で企業の追加雇用を誘導し、雇用を増やそうとした。目標は、貧しい人々を豊かにすることだった。
もっと受け取り、もっと休ませたいというのに、歓声を上げない国民などいないだろう。もっと遊んで、もっと受け取るユートピアが果たして可能かと疑って、制度施行に反対した人たちが多かったが、政府はパラダイム転換を掲げて果敢に推進した。
ところが1年が経った今、結果はどうだろうか。政府の狙いとは裏腹に、貧しい人々はより貧しくなった。統計庁の2018年第3四半期(7〜9月)の家計動向調査(所得部門)の結果によると、下位20%世帯の月平均所得は131万7600ウォンで、前年同期比7%減少した。一方、上位20%は973万5700ウォンで約9%が伸びた。低所得層と高所得層のギャップは、11年ぶりに最大値となった。上位20%と下位20%世帯との所得格差(第3四半期基準)は、2016年は4.81倍、2017年は5.18倍、2018年は5.52倍などで、現政権に入ってさらに拡大している。
政府は最低賃金を引き上げれば、労働者の生活がよくなるだろうと見たが、結果は雇用減少となった。特に最下層の賃金労働者であるアルバイトが大量に仕事を失ったことで、少しではありながら学費に当てていたバイト賃金も、稼げない学生たちが大幅に増えた。文在寅(ムン・ジェイン)政府の看板経済政策と言える所得主導成長を推進するために急激に引上げた最低賃金が、低所得層に致命的な打撃を与えている。週52時間勤務制は、労働者らに夜のある生活をもたらしたが、労働時間の短縮に伴う所得減少と研究開発時間の不足による先端情報技術(IT)産業の競争力弱化をもたらしている。
これらの副作用はすべて、意図しない結果と言える。米社会学者ロバート・マートンは、人間の行為はそのほとんどが予期せぬ方向に流れ、私たちの無知と短期的な利害関係等により意図しない結果にぶつかるという理論を提示した。政府政策は、予期しない結果が出る場合が多い。すべての政策には逆機能が少しずつあるし、複雑な利害関係の中で推進されるからだ。だから政府当局者は、副作用を入念に計算して、実行するかどうかを慎重に決める。
それでも予見された逆機能を無視し、無理に押し付ければ国民、中でも庶民に大きな被害が回る。 1958~1961年、中国の大躍進運動当時に行われた「スズメの大虐殺」は誤った政府政策がどれほど大きな災害をもたらすかを示す代表的事例だ。毛沢東は、スズメが稲をついばむのを見て、有害なスズメを全て処分するよう命じた。農民たちは片っ端からスズメを捕獲して処分した。米を盗んで食べるスズメが消えれば、農民の米収穫量が大幅に増えると思ったが、結果は逆だった。天敵であるスズメが消えたことで、害虫が蔓延して大飢饉に見舞われ、飢饉で約3000万人が命を落とした。農民のためのスズメの撲滅が、農民を大量死に追い込んだのだ。
西洋の諺に「地獄への道は善意に舗装されている」という言葉がある。国民を浮き立たせる華やかな政策ほど、副作用を警戒しなければならないという意味が込められている。今、私たちの前には最低賃金引き上げと週52時間勤務制という善意が貧者のポケットをはたいていく逆説的現実が置かれている。政府が弾力労働制の単位期間拡大などの補完策を急がなければならない理由だ。
李泰熏 jefflee@donga.com