約400年前に漢文で書かれた『洪吉同(ホン・ギルドン)伝』が発見された。名前は『盧革伝』。 この作品は、ハングル小説『洪吉同伝』の原作者が許筠(ホ・ギュン、1569~1618)でないことを裏付けるものであるため、注目される。
李胤錫(イ・ユンソク)延世(ヨンセ)大学名誉教授(国文学)は来月発表する予定の論文で、「『盧革伝』は短い漢文伝形式であり、内容は野談に近い」とし、「『盧革伝』の著者より19年早く生まれた許筠の『洪吉同伝』も、『盧革伝』と内容・形式が似ていただろう」と話した。今回発見された『盧革伝』は、全羅北道全州(チョンラプクト・チョンジュ)に住むチョ・ポンレ氏が李氏に提供したという。
『盧革伝』は、義州府尹などを務めた芝所(チソ)黄一皓(ファン・イルホ、1588~1641)が1626年に書いたもので、『芝所先生文集』に載っている。黄一皓が全州判官時代、従事官から聞いた泥棒「盧革」の一代記を書いた。「盧革の本来の姓は洪で、名前は吉同」と記されている。燕山君(ヨンサングン)時代の実在人物である洪吉同の話が変形して伝えられ、約120年後に記録されたものとみられる。
一方、1674年刊行された『沢堂集』には、「許筠はまた『洪吉同伝』を書き、水滸伝と比肩される(筠又作洪吉同伝以擬水滸)」とある。しかし、ハングル小説『洪吉同伝』には、許筠の死後の人物である張吉山(チャン・ギルサン)が言及されるうえ、ハングル小説の様式自体が許筠死後約200年後になって登場する。結局、許筠が書いた『洪吉同伝』は、ハングル小説ではなく『盧革伝』と似た漢文伝だった可能性が高い。『盧革伝』は長さも約750字にすぎず、4万~5万字のハングル小説『洪吉同伝』と違いが大きい。
李氏は、「ハングル小説『洪吉同伝』は1800年頃、ソウルの貸本屋で作られ、庶民の娯楽物だった。知識人が社会問題を批判しようと書いたものではない」とし、「許筠とは全く関係がないということが『盧革伝』の発見で再度明らかになった」と強調した。
趙鍾燁 jjj@donga.com