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グッバイ、パソコン通信

Posted April. 24, 2020 08:20,   

Updated April. 24, 2020 08:20

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ラテが好きだ。正確にはカフェラテ。アイスで飲むといい。特にこんな季節に。

しかし、人生には暗い時期もある。ラテを知らず、牛乳だけ知っていた時。これは精神的幼年期の話だ。人類の歴史で考えれば、現代的ソーシャル・ネットワーキング・サービスの幼年期。人間にはパソコン通信という利器があった。一言で言ってパソコンで通信するということだが、当時は新世界だった。おそらく1990年代だっただろう。

 

「モデム」。革新的な技術の集合体。パソコン通信の中枢。これは各家庭のコンノンバン(アンバンの向かいの部屋)に渦巻いた全国の「ウルトラマニア」が仮想世界に接続する通路だ。この物体を電話線につなげば、作動したと記憶する。「トゥ、トゥ、ティー~~~」という粗悪で神経を逆なでる接続音が聞こえる瞬間、私はドキッとする。映画「マトリックス」のネオになって別の世界に吸い込まれていったのだ。

先日、バンド「ジュリアハート」のメンバーに会って話をし、パソコン通信が話題になった。正確にはハイテル「モソモ」(モダン・ロック・小サークル)の話だ。小サークルというタイトルで察しがつくように、上位カテゴリーがあった。ハイテル・メタル同(メタル同好会)だ。モダン・ロックがメタルの付属だったとは、今考えれば驚くが、モソモは本意であろうがなかろうが、後日、躍進することになる。

 

モソモは謙虚な語感と違って、韓国ロック界の静かなテロ集団になって行った。ジャンルでいえば、ヘヴィメタルとハードロック中心、また、アルバムを出すほどのプロでなければ公演では概ね外国の有名バンドの曲をコピーした既存の韓国のアンダーグラウンドのロックバンドのスタイルを変えた。「モソモ」の会員だったイ・ソクウォンさんは、楽器を扱うことはできなかったが、「なんとなく私だけバンドをしないと言えば、引け目を感じるかと思って」、「『お姉さんの理髪館』というバンドをしている」と言い、嘘を取り繕うために実際に「お姉さんの理髪館」を結成し、後に韓国インディーロックの伝説になった。キム・ミンギュさんも、「U2、R.E.M.スタイルの音楽を一緒にするメンバーを求める」という公告をモソモに載せた。ユン・ジュノさんがこれに手を挙げ、「デリー・スパイス」が作られた。また別の会員であるユン・ビョンジュさんは、「ノイズ・ガーデン」のその人だ。このチームは1994年、第1回トムボイ・ロック・コンテストで10分以上、「妥協の雨」を演奏し、大賞を獲得する。

ならば、このように人類発展の方向舵を変えたモデムは果たして何か。もう少し覗いてみよう。直流デジタル信号を電話線に送ることができる交流アナログ信号に変えて、アナログ信号はデジタル信号に変える装置だという。しかし、こうしたことはコンノンバンの人々が知らなくてもいい。明らかなことは、アンバンで電話を使いたい時、コンノンバンのモデムがつながっていれば通話中になって、モデムを使いすぎれば、家の主に叱られるということだった。コンノンバンの人々はこれだけを覚えておけば良かった。

後日談といおうか。ノストラダムスは誤り、1999年は過ぎ去り、歳月は30年近く流れて現在に至った。人類は新型コロナウイルスという新たな危険に直面した。前例のない規模の外出制限が世界を静かな場所にした。オンラインコンサートが流行だ。舞台を設置する代わりに、家で楽器を持ってマイクの前に座る。数日前にも、歌手のリレー・オンライン・コンサートを見て、妙な気分になった。

もはや旧式のモデムなどは必要ない。アンバンの顔色をうかがうこともなくなった。小サークル時代の人々は、アンバンを占めたり、家の主になった。一方で暗いところでは、技術の発達が犯罪の進化を推進させもした。想像を絶するサイバー性犯罪や詐欺が横行する。しかし、明るいところでは好きなことを思う存分表現できる世界ができた。「チャンネル登録」と「いいね」、そしてコメントの洪水の中、日々を暮らす。活字一つに命をかけた時代は過ぎ去った。毎日、数億のテラバイトのデータが仮想世界を通行する。

地下鉄に乗るたびに、プラットホームを埋める同じ姿勢の人々を見る。頭を前に30度ほど傾けて携帯電話を覗いている人々。電車が漢江(ハンガン)の上を走る時も、この人たちは頭を上げない。それがなぜかもの悲しい。それでも切に望む。各自の窓には美しいことだけがいっぱいであることを。今日もラテが実に甘い。


イム・ヒユン記者 imi@donga.com