丁若鏞(チョン・ヤクヨン)が書いた守令の指針書牧民心書には、軍事行政部分もある。朝鮮時代は徴兵、動員対象者を管理したり、定期的に招集点検をして訓練をさせる、今日で言えば予備軍部隊長が手掛ける業務も守令の役目だった。それだけではない。軍事訓練を行い、優れた武士、軍人資源を発掘し、育成することまでも守令の役目だった。
牧民心書には親切なことに、そのような任務を成功的に導いた人のエピソードまで紹介している。ところが、じっと読んでみると、そのエピソードには結果だけを紹介しているだけで、その方法、訓練方法やコツについての説明がない。武官出身の守令ならいいだろうが、文官の守令がどうやって平凡な農民を調教して精鋭兵にすることができるのだろう?
姜邯賛(カン・ガムチャン)、 尹瓘(ユン・グァン)、諸葛亮も文官だったと反問することもできる。世の中には、専門教育を受けなくても、驚くべき能力を発揮する生来の能力者たちがいる。しかし、そのような人材であれば、牧民心書も要らないだろう。
丁若鏞が生きていた18世紀は、火薬武器が普遍化され、より発展した時期だ。銃と大砲が戦場を支配したことで軍の戦術は複雑になり、戦術、兵站、武器など、軍事の全分野で専門的な秘訣が重要になった。欧州で軍事学校、士官学校が発達するようになったのも、ブルジョア出身でエンジニアトレーニングを受けた青年たちが将校として頭角を現し、馬に乗って横柄に振る舞う貴族将校を排除して、軍を支配するようになったのも、軍事行政と戦闘において専門知識が重要になったからだった。
私たちはどうなのか?牧民心書だけを見ても専門性に対する認識が非常に足りない。丁若鏞は優れた知識人だが、特に軍事分野では、非専門知識人の傲慢があふれている。韓国社会は、まだ専門家と専門性に対する認識が足りない。専門家集団を利権集団として見る見方もとても強い。集団利己主義は確かに深刻な悪であり、すべての専門家集団の慢性的な弊害だ。だからといって専門性を無視してアマチュアリズムに置き換えることが正解ではない。その最も優れた手本が、朝鮮時代の軍の歴史だ。