皆さんがアップル創業者スティーブ・ジョブズ(1955〜2011)の作品として知っている「アイフォーン」。しかし、実はジョブズは、絶対に携帯電話を作らないと何年も意地を張っていた人だ。スマートフォンは、エンジニアにとって使える物だという理由からだった。それにも関わらず、アイフォーンが世に出ることができたのは、アップルの社員らが忍耐を持って絶えずジョブズを説得したためだった。
アイフォーンやアプリストアを始め、アップルが収めた成功の多くは、このようにジョブズが立場を変えるように、職員らが押し付けたためだ。多くの人がジョブスの天才性を誉めているが、ジョブスの心を変えた人々の天才性も誉められて当然だ。ジョブズのように自らを過信し、頑固で自我陶酔がひどく、論争好きの人の心を変えられる説得のコツは何だろうか。
説得の最初のネックは傲慢だ。うぬぼれているリーダーは、自分が何かを知らないという事実を知らない。こうした人の考えを変えるためには、露骨に無知を指摘するよりも、本人自らが自分の知識がどれほど不足しているかを悟らせる方法の方がより効果的だ。
2007年、アップルがアイフォーンを開発していた当時、ジョブズは試作品のプラスチック表面に傷がつき続ける問題点を見つけ、表面を強化ガラスに取り替えるために、米ガラスメーカー・コーニングの最高経営者(CEO)をアップル本社に呼んだ。コーニングCEOのウェンデル・ウィークスによると、その面談でジョブズは、「私もガラスについてある程度は知り尽くしている」という傲慢さに満ちていた。ウィークスにガラスの作り方を教えようともした。
ウィークスは反駁しなかった。ただ落ち着いて、「それならあなたの好きな方式がどのように働くのか説明してください」と言った。勢いに乗っていたジョブズは、ウィークスの前で、説明を続けるほど、自分はガラスについてよく知らないことに、はっきり気がつく。まさにウィークスが望んでいた時間だった。そしてやっとウィークスは、「私の方から科学的に説明します」と黒板の前に出て、強化ガラスの成分を簡単に説明した。以後、ジョブズはウィークスの提案を受け入れ、その結果、成功裏にアイフォーン用強化ガラスを披露することができた。アイフォーンが発売された日、ウィークスはジョブズからメッセージを受けた。「お世話になったおかげで成功しました」。このメッセージは、ウィークスの事務所の額縁にかかっているという。
説得の2番目のネックは頑固者だ。頑固な人は一貫性を美徳と思う。いったん心に決めれば、石に刻んだように変えない。しかし、このような人に「ノミ」を渡し、自ら直すようにすれば、考え方が一層柔軟になる。
アップルテレビの誕生秘話が代表的な例だ。アップルのエンジニアだったマイク・ベルは、1990年代末、ジョブズにオーディオストリーミング用の別途製品を作ろうと提案し、嘲笑された。ビデオストリーミングを提案した時も、ジョブズは「どんな××が、このビデオをストリーミングしたがるのだろうか」と問い詰めた。しかし、すでに上司の性格をよく理解していたベルは、挫折しなかった。ベルは、「コンピューターを部屋ごとに持っている人はいないので、他の機器でストリーミングできればすごいだろう」と軽く言い出した。ジョブズは依然として懐疑的だったが、その時から頭の中に可能性を描き、自らアイデアを出し始め、結局開発を認めた。同プロジェクトが、「アップルテレビ」へと進む道を切り開いた。
「説得の3番目のネックはナルシシズムだ。自分に酔いしれたリーダーは、自分が優れていて特別だと思い込み、間違ったという言葉を簡単には受け入れられない。しかし、フレームを適切に組めば、自分の過ちを認めるよう、言い聞かせることができる。
特に、褒めてから話を始めると良い。核心は、説得しようとするテーマとは関係のない他の面を褒め称えることだ。例えば、自己愛的性向の強いリーダーが下した悪い決定を覆すことを望むなら、彼の判断力をほめるよりは、創意力やユーモア感覚をほめたほうがいい。人は誰でも多様なアイデンティティを持っている。自分の強みがしっかりしていると感じれば、心を開いて他の側面の短所をもっと簡単に受け止めることができる。
組織には、ジョブズのように強力でビジョンのあるリーダーが必要だ。しかし、根気よくジョブズを説得したウィークスやベルのような人も必要だ。リーダーが自分の信念に対して自ら疑問を抱く能力が足りないなら、あるいは傲慢とナルシシズムの性向があるなら、周囲の人たちが勇気を出して説得しなければならない。
アダム・グラント米ペンシルバニア大学ウォートン・スクール組織心理学教授