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浩然の気を唄う

Posted June. 25, 2021 08:27,   

Updated June. 25, 2021 08:27

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泰山は中国の皇帝が天神と地神に祭祀を行う封禅の際に必ず上るほど、霊山として礼遇された山。この山を境に、それぞれ北と南に戦国時代の斉と魯が位置するほど泰山は広くて大きかった。その姿態が優れ、神霊な精気が漂うのは造物主の腕のおかげであり、日陰と陰地の差が夜と夜明けほど激しいのは、山勢が険しいからだ。胸のしこりをきれいに洗い流してくれる入道雲、山の中を飛び回って巣に入る鳥たちの自由な飛翔に、詩人は酔ったように視線を離せずにいる。

だとしても、荘厳な山並みと秀麗な景観のため、頂上への登頂を夢見なかったはずだ。当時、詩人は初の科挙試験で失敗を経験したことはあるが、1万冊の本を読んで1万里を遊覧しながら人生の知恵を固めると誓った24歳の青年。山の中で最高といわれる泰山の頂上に登り、山並みの様々な鳥瞰をしてみたいと意気込んでいる。世の中の全てを自分の見方で裁断してみるという大胆な天下経営の意志であり、浩然の気と読める。「孔子は泰山に登り、天下が小さいと思った」という孟子の言葉を、詩人は「山々がどれだけ小さいか、一度見降ろしたい」に変容した。並々ならぬ知恵や眼識を持った者だけが、大局をまともに把握するという意味を盛り込んだのだろう。

成均館(ソンギュングァン)大学名誉教授