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笠子帽をかぶった朝鮮の外交官たち、初代駐米公使と李完用の写真2点公開

笠子帽をかぶった朝鮮の外交官たち、初代駐米公使と李完用の写真2点公開

Posted June. 04, 2022 09:12,   

Updated June. 04, 2022 09:12

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旧韓末の1887~89年、初代駐米全権公使(駐米大使)を務めた朴定陽(パク・ジョンヤン)や親日反民族者の李完用(イ・ワンヨン)らが米国で活動する様子を写した写真が発見された。ワシントンに復元された「駐米大韓帝国公使館」は2日(現地時間)、朝鮮の外交官たちの姿が写った写真2枚を公開した。写真は、2020年にマウントバーノンにあるワシントン図書館が寄贈を受けた後、昨年公使館側に考証を依頼して存在が明らかになった。

1枚目の写真は1888年4月26日、朴定陽が公使館員らと共にバージニア州マウントバーノンにある米国の初代大統領ジョージ・ワシントンの旧邸を訪れた時のものだ。朴定陽は87年8月に初代公使に任命されたが、清の袁世凱の圧力で出発を延期し、翌年1月17日に当時のグロバー・クリーブランド米大統領に新任状を伝えた。写真はそれから3ヵ月後、朴定陽は清の相次ぐ圧力で89年に帰国し、開港期に総理大臣代理などを務めた。 

朴定陽は文集『美行日記』でマウントバーノンを訪問したことを記録し、「ワシントンの旧邸を見た。普段居住するところだが、部屋の中の日用品から花園や運動場まで、生きていた時のまま保存し、足りないところは補って現在も暮らしているように作られている」と書いた。当時、参賛官(今の書記官)で、乙巳五賊の一人である李完用、翻訳官でその後4代に渡って駐米全権公使を務めた李采淵(イ・チェヨン)は、本国に一時帰国し、共に訪問することができなかった。

2枚目の写真は朝鮮から帰ってきた李完用とその妻、李采淵とその妻、親日反民族者である李夏栄(イ・ハヨン)が89年5月6日、マウントバーノンを訪問した時の様子が写っていた。当時、朝鮮で宣教師や外交顧問として活動したホレイス・アレンと彼の娘もいる。

今回の考証作業に参加した東国(トングク)大学の韓哲昊(ハン・チョルホ)教授は、「当時、高宗の指示によって米国の制度、文物などの実状を把握していた朴定陽一行の姿が写真を通じて初めて確認されたことは意味が大きい」と指摘した。


兪載東 jarrett@donga.com