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緑の草の汁

Posted August. 13, 2022 09:22,   

Updated August. 13, 2022 09:22

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先日までは、人々は新型コロナにかからず、「元気でしたか」とお互いの安否を尋ねたが、今は少し変わった。コロナの代わりに大雨に「無事だったのか」と尋ねる。ソウルに住んでいるという理由だけで、大丈夫なのかと電話が来ており、忠清南道(チュンチョンナムド)に住んでいるという理由だけで、大丈夫なのかと電話をかける。それだけあちこちで大騒ぎとなっている。

大雨が降った時、私は建物に孤立した娘を探しに出かけたが、水はますます深くなり腰まで上がってきた。両腕を上げて歩かなければならないほどだった。四方は危険で、悪臭が漂っていた。着ていた服を集めて洗濯する時も、汚水の匂いは簡単になくならなかった。

靴と服は洗濯でもするのに、店と家が浸水してしまった人たちはどうするのか。なくなった命はどうし、残された悲しみはまたどうしよう。簡単に消えない痛みのため、今日の詩は「緑の草の汁」だ。そんな中、詩が読まれるかと聞かれたら、「これは詩である前に、すでに私たちの心情だ」と答える。

タイトルが「緑」で「草の汁」だからさわやかだろうと思うが、この詩はとても痛い。詩人はズボンについた草の汁は実は血であり、また痛みだと話す。それは洗っても簡単に消えない。草の汁が消えたからといって、痛みが消えるわけでもない。今夏は雨が降るたびに、はらはらして胸が痛むだろう。