指導者に苦痛と苦悩は欠かせない。選択と決定による責任を負わなければならないからだ。イエスは、ローマ支配下で最も抑圧され、差別を受けたユダヤ人民衆のメシア運動を率いた指導者だった。彼は最後の晩餐の後、弟子たちと一緒にゲッセマネの園に登って苦悩に満ちた最後の祈りを捧げた。聖書に出てくるこのシーンは、キリスト教美術の人気テーマであり、16世紀ヴェネツィア派の創始者ジョヴァンニ・ベッリーニもこのテーマで絵を描いた。
画面の中のイエスは、荒涼とした石山に登ってひざまずいて切に祈っている。近づく十字架の苦難と死を悲しみながら。対岸には弟子の一人であるユダが、ローマ兵たちを率いてイエスを逮捕しに来ている。一方、下で見張りをしていた弟子たちは眠ってしまった。師匠が祈る間は起きていろと言ったが、肉体の疲れに勝てなかったようだ。1人は横になってすっかり眠りこけ、1人は座って居眠りしている。わずか数時間前、最後の晩餐で師匠に忠誠を誓った彼らだ。イエスを慰めるのは、暗雲の上に現れた天使だけだ。
ベッリーニは、技法と主題表現の実験的先駆者だった。卵を溶媒として使う伝統的なテンペラの代わりに油絵具を実験し、厳粛な宗教画を牧歌的で叙情的に表現した。色彩も豊かで魅惑的だ。夜明けの空の桃色がイエスと二人の弟子のピンクのチュニックと調和し、全体的に調和して神秘的な雰囲気を作る。ベッリーニは生涯、空色の変化を研究し、自分だけの画法に発展させたが、実際にこの絵はイタリア美術で夜明けの光を描写した最初の絵として知られている。また、彼が使用した甘美なピンク色は後日、桃スパークリングワイン「ベッリーニ」を誕生させた。
神の息子だったが、イエスの人生はピンク色からは程遠いものだった。画家は、弟子の裏切りと近づく死の前で苦悩する人間的な姿で彼を描写している。ふと気になることがある。イエスは十字架による刑死と弟子の裏切りの、果たしてどちらがより苦しかったのだろうか。