扶余・扶蘇山城で百済王宮級と推定される建物の跡発見
Posted November. 08, 2022 08:19,
Updated November. 08, 2022 08:19
扶余・扶蘇山城で百済王宮級と推定される建物の跡発見.
November. 08, 2022 08:19.
by イ・ソヨン記者 always99@donga.com.
国立文化財研究院の国立扶余(プヨ)文化財研究所は7日、忠清南道(チュンチョンナムド)扶余郡にある扶蘇(プソ)山城の軍倉址(軍食糧を備蓄した倉庫の跡)の試掘調査中に、百済の泗沘(サビ)期に作られた「瓦礫基壇(瓦を積み上げて作った基壇)」の建物の跡2棟を確認したと明らかにした。東西の長さが約16メートル以上の北側の建物と、14メートルを越える南側の建物の跡が平行に配置され、基壇が最大20段近く残っており、現在まで発掘された泗沘期の建物の中で最もよく保存されている。研究所は、建物の外形が百済の泗沘期の王道遺跡地の形と似ており、王宮級の建物だったと推定している。
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国立文化財研究院の国立扶余(プヨ)文化財研究所は7日、忠清南道(チュンチョンナムド)扶余郡にある扶蘇(プソ)山城の軍倉址(軍食糧を備蓄した倉庫の跡)の試掘調査中に、百済の泗沘(サビ)期に作られた「瓦礫基壇(瓦を積み上げて作った基壇)」の建物の跡2棟を確認したと明らかにした。
東西の長さが約16メートル以上の北側の建物と、14メートルを越える南側の建物の跡が平行に配置され、基壇が最大20段近く残っており、現在まで発掘された泗沘期の建物の中で最もよく保存されている。研究所は、建物の外形が百済の泗沘期の王道遺跡地の形と似ており、王宮級の建物だったと推定している。
イ・ソヨン記者 always99@donga.com
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