蘇東坡が友人の家の歌妓に1曲の歌を贈る。どのような理由からか。党派争いで蘇東坡が南方の地方に追いやられた時、彼の政治的同志数十人も各地に左遷された。友人の王定国もそのうちの一人で、大陸の最南端の広西省に追放され、3年後に朝廷に復帰した。もともと彼の家には歌妓が数人いたが、この左遷についていったのは寓娘だけだった。後日、友人と再会した席で蘇東坡は義理を守った寓娘のことを知ることになる。彼女の朗々たる声が際立つ。その声は、南方の蒸すような海に雪が溶け込むような清涼感を与え、笑いには嶺南の地の梅の香りが染み込んでいるようで爽やかだ。
風土病が流行る奥地での苦労話でも聞かされると思い、詩人が「嶺南の地で暮らすのは困難ではなかったか」と尋ねたが、「私の心が穏やかな所がまさに私の故郷です」という意外な答え。このゆったりと殊勝な言葉遣いに詩人は讃嘆の辞を惜しまなかった。「定風波」は、宋詞の曲調の名で内容とは無関係だ。