李白が故郷の四川を離れ、大陸の東南部の遊覧を始めたのは二十代半ば。天下を周遊して見聞を広め、名士との交流を図るという意図もあったが、究極の目標は官職に就いて自分の雄姿を示すこと。むろんこの夢は決して妄想ではなかった。幼い頃から諸子百家を貪り読み、詩文の創作にも熱心であるうえ、天賦の素質があり、世相を読む知恵と胆力も並外れていた。官吏として成功し、家門のかつての名声を取り戻すことは、貿易業で大金持ちになった父親の切実な願いでもあった。
賑やかな江南の都会に入った田舎青年、数十万の富を手にした風流男の目には、金陵(現在の南京)、揚州の街は別天地に映ったことだろう。若さの輝きと激情が満ち溢れていた時期、潤沢な富と無限の自由、青年李白が通りに立ち並ぶ青楼をただ通り過ぎることができただろうか。ワインと金の酒杯、華奢な美女の華麗な装い、やぼったい南方の方言さえも色っぽい歌に埋もれる十五歳の歌姫の接待。行き交う酒杯と笑いに浸り、ふと自分の腕の中で眠る美女の前で、詩人はどのように反応しただろうか。若い風流人の落ち着きのない戸惑いか、それとも美女との歓娯を目の前にした若者のみなぎる生気か。「蓮の花の紋章の中であなたをどうしようか」という言葉は、今ひとつはっきりしない。