政府が、陸軍士官学校(陸士)の生徒教育施設の前に設置された5人の胸像のうち、洪範図(ホン・ボムド)将軍の胸像だけを独立記念館に移転する計画であることが分かった。
以前、洪将軍を含め、金佐鎮(チム・ジャジン)、池青天(チ・チョンチョン)、李範奭(イ・ボムソク)独立軍将軍と新興武官学校の創立者である李会栄(イ・ヘヨン)先生の胸像まですべて移転を推進したことが伝えられて物議を醸したため、洪将軍だけを移し、残りの4人は校内の適切な場所に再配置するという。大統領室関係者は東亜(トンア)日報の電話取材に対し、「洪将軍だけを移転する」とし、「洪将軍は、大韓独立軍の活動のほかに、1921年に独立軍間の主導権争いで起きた『自由市惨変』に加担して同じ独立軍を攻撃した歴史的記録やソ連共産党活動歴がある。将校育成機関に置くことは適切でない」と話した。前日、李会栄先生の孫の李鍾贊(イ・ジョンチャン)光復会長が「反歴史的な決定」とし、李鐘燮(イ・ジョンソプ)国防部長官の退陣を求めるなど、論議が増幅したことを考慮したとみられている。これに対し、国防部関係者は、「洪将軍と4人は違う。最初から4人は陸士内の再配置を念頭に置いていた」と話した。
国防部は、ソウル龍山(ヨンサン)の国防部庁舎前に設置された別の洪将軍の胸像も移転を検討しているという。国防部のチョン・ハギュ報道官は同日、記者会見で、「国防部庁舎前の洪将軍の胸像は陸士の胸像とは別の事案だが、(移転を)検討している」と明らかにした。国防部庁舎前と入口などには、洪将軍のほかに、姜宇奎(カン・ウギュ)、金佐鎮、安重根(アン・ジュングン)、李承晩(イ・スンマン)、乙支文徳(ウルチ・ムンドク)など1998年に制作された13人の胸像がある。昨年、国防部が現大統領室の建物から合同参謀本部がある現庁舎に移転した際、胸像も移転した。
国防部は、陸士内の洪将軍の胸像を撤去し、その場所に故白善燁(ペク・ソンヨプ)将軍の胸像を新たに設置するという主張に対しては、「陸士が決める問題」とだけ答えた。国防部庁舎前の洪将軍の胸像まで白将軍に置き換えることについては「検討されていない」と話した。
孫孝珠 hjson@donga.com