イランのライシ大統領のヘリコプター墜落事故をめぐる米国とイランの神経戦が激化している。イラン側は、「米国の長年の経済制裁で大統領まで老朽化したヘリコプターに乗るしかなかった」と不満を募らせている。米国政府は、「悪天候の中、56年前の老朽化したヘリコプターを飛ばしたのはイランだ」と反発した。また、ライシ師の死に哀悼の意を表しながらも、人権弾圧行為を批判する声明を発表した。
神政国家であるイランの最高指導者ハメネイ師の後継者と目されていたライシ師の死により、ハメネイ師の後継構図をめぐる権力争いも加速するとみられる。ハメネイ師の強い信頼を得ているハメネイ師の次男モジュタバ氏(54・写真)、シーア派の高位聖職者アリレザ・アラフィ師(67)らが後継者に名前が挙がっている。これとは別に、大統領選挙は来月28日に行われることが決まった。
● イラン「米制裁のせい」...米「イランの責任」
イラン当局は、公式の事故原因を発表していない。ただ、国営IRNA通信は20日、ライシ師が搭乗した米国製ヘリコプター「ベル212」の技術的故障を指摘した。1968年に初飛行し、76年にイランに導入された古い機種だ。72年以降、少なくとも430件の事故が発生した。
イランは79年のイスラム革命当時、民間人の犠牲、在テヘラン米大使館人質事件、核開発疑惑などで数十年間、米国をはじめとする西側諸国の経済制裁を受けてきた。
イラン側が問題視しているのはこの点だ。ザリフ元外相は20日、「米国の制裁が大統領一行の死をもたらした。米国の犯罪はイラン国民の心と歴史に記録されるだろう」と不満を表明した。長年の制裁により、まともな航空部品を調達できなかったということだ。イランは辛うじて手に入れた航空部品も、ほとんどが闇市場で調達したとされる。
一方、米国務省のミラー報道官は同日、「イラン政府が悪天候にもかかわらず、ヘリコプターを飛ばすことを決定した」と反論した。オースティン国防長官も、「米国は事故に何の関与もしていない」と述べた。カービー大統領補佐官は、「イラン政権がこの問題で米国を非難するのは驚くことでもない」と指摘した。
特に、国務省は追悼声明で、ライシ師が約5千人の政治犯の処刑、反政府デモの弾圧などを主導したことを取り上げ、「ライシ師によって多くの血が流れた。域内の安全保障阻害行為に対するイランの責任も問い続ける」と強調した。また、イラン側が事故発生直後にヘリコプター捜索の支援を要請してきたが、物流の問題で支援できなかったことも明らかにした。
● ハメネイ師の後継者に「次男有力説」
ライシ師の葬儀は3日間行われる。21日、事故現場に近いタブリーズで始まり、シーア派の聖地クム、首都テヘランなどを経て、23日に故郷のマシュハドに埋葬される。
イラン全土では追悼の動きが広がっている。テヘラン中心部のバリアスル広場などでも追悼の市民であふれた。特に黒いチャドルを着て、ライシ師の写真を持って泣き叫ぶ女性たちも海外メディアに多数取り上げられている。一方、一部の若者や2022年9月にヒジャブ未着用を理由に疑問死したマフサ・アミニさんの故郷サケズなどでは、ライシ師の死を歓迎する姿も見られた。一部は歓喜の意味で花火を打ち上げたり車のクラクションを鳴らしたりしたと、英紙ガーディアンなどが伝えた。
イラン内外の関心は、絶対的な権力を持つハメネイ師の後継構図に集中している。米紙ニューヨーク・タイムズ、ウォール・ストリート・ジャーナルなどは、これまで公式の役職がなかったにもかかわらず、ハメネイ師の「金脈」とされる国営企業セタッドなどを管理していた次男のモジュタバ氏の存在感が大きくなったと報じた。
ただ、イスラム革命の理由が「世襲王朝の打破」だったため、ハメネイ師が息子に権力を譲る場合、深刻な反発と権力闘争が続く可能性がある。ハメネイ師は昨年、表面的には「権力の世襲は反イスラム的」と発言した。しかし、経済難などによる国民の不満が高まれば、自身と支持勢力の安全のためにも世襲を図る可能性があるとの観測も流れている。
聖職者アラフィ師は、モジュタバ氏に比べて大衆的な知名度は低いが、宗教界での影響力は大きいとされる。英BBCは、「ハメネイ師が、ライシ師と同じくらい忠誠心が強く、かつ自己顕示欲を示さない後継者を見つけるのは容易ではないだろう」と指摘した。
洪禎秀 hong@donga.com