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「獄中殉職」の独立英雄たちが囚人服の代わりに韓服を着る

「獄中殉職」の独立英雄たちが囚人服の代わりに韓服を着る

Posted August. 03, 2024 10:51,   

Updated August. 03, 2024 10:51

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国家報勲部(報勲部)とピングレは、第79周年光復節(クァンボクチョル=日本植民地からの独立記念日)を控え、日本による植民地時代に獄中殉国した独立有功者87人の写真を、人工知能(AI)技術を活用して韓服を着た姿に復元した。日帝に対抗して獄中生活の苦しみをなめて殉国した有功者たちが新しい英雄の姿として記憶させるいう趣旨だ。「初めて着る光復」というタイトルのこのキャンペーンは、獄中殉国した独立運動家の中で、日帝監視対象の人物カードなどに囚人服を着た写真が最後に残っていた87人が対象となる。柳寛順(ユ・グァンスン)烈士(1902~1920)と安重根(アン・ジュングン、1879~1910)、姜宇奎(カン・ウギュ、1855~1920)、安昌浩(アン・チャンホ、1878~1938)、申采浩(シン・チェホ、1880~1936)らが含まれている。

大韓帝国で駐ドイツ・駐フランス公使館参事官を務め、乙巳条約が交わされると、中国北京に渡り抗日運動を行った趙鏞夏(チョ・ヨンハ)志士(1882~1937)は、復元前後の写真が大きく異なり目を引く。「倭人判事の前に立つのが、天に向かって恥ずかしい」として、自ら顔に墨を塗った囚人服姿の写真を残した趙志士は、韓服姿の写真で本来の顔を取り戻した。

代表的抗日民族詩人である李源祿(イ・ウォンロク志士=ペンネームは李陸史、1904~1944)は、本人の詩「青葡萄」で、「私が望むお客さんは、苦しい体で青布を着て訪ねてくると言ったから」という一節のように、藍色の韓服を着た姿に復元された。

復元に使われた韓服は、韓国人のデザイナーとしては初めてニューヨークのメトロポリタンミュージアムとパリのルーブル博物館で招待ファッションショーを行ったキム・ヘスン氏が製作した。キム氏が製作した韓服は、生存の愛国志士6人に対し、光復節を控えて実物でも伝えられると、報勲部は伝えた。

さらに報勲部は、オンラインの写真展とドキュメンタリー映像、テレビ・紙面・屋外広告などを通じて復元された独立運動家の写真を国民に披露する。


尹相虎 ysh1005@donga.com