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ポニーを模したアイオニックと第1世代に似た新型グレンジャー、現代自動車のヘリテージ活用法

ポニーを模したアイオニックと第1世代に似た新型グレンジャー、現代自動車のヘリテージ活用法

Posted September. 27, 2024 09:54,   

Updated September. 27, 2024 09:54

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26日に訪ねた現代(ヒョンデ)自動車蔚山(ウルサン)工場の展示館の片方には、「ソナタEV」が陣取っていた。あまり知られていないが、実は、現代自動車は1991年11月にすでにソナタを研究用電気自動車として発売している。1回充電時の走行距離が70キロに過ぎず、バッテリーを多く搭載するために室内が狭くなっているが、約30年前に作られたことを勘案すれば、かつて一部から出てきた皮肉な「ソナタ(牛が乗る車という意)」と無視するほどではなかった。

電気自動車という用語も不慣れな時期に作られたこのごついソナタEVは、現代自動車グループのヘリテージ(遺産)である「おい、やってみたか?」の精神が集約された代表商品だ。「おい、やってみたか?」あるいは「お前、やってみた?」という現代グループの鄭周永(チョン・ジュヨン)創業者が普段口癖のように言っていた言葉だ。

会社の役員たちが会議に現れ、「この事業はこうだからだめで、あの事業はああだからだめだ」と長々と並べ立てると、鄭創業者は黙々と聞いている途中に、突然「おい、やってみたか?」と尋ねたという。挑戦することすら考えていない姿に、役員たちの名前や職級も全て差し置いて、厳しい忠告をしてしまったのだ。凡人たちが見るには無理に見えた事業も、鄭創業者が乗り出してしつこく問い詰めると、奇跡のように成功軌道に乗ることが繰り返された。このような鄭創業者の「おい、やってみたか?」の精神は、現代自動車が危機に陥る度に登場し、会社のヘリテージとして位置づけられた。

●「正気でない」と言われながら作ったポニー

現代自動車が初めて独自製作した乗用車「ポニー」も、「おい、やってみたか?」という精神なくしては世の中に出ることができなかった。1968年からフォードの小型セダン「コティナ」を組み立てて販売していた現代自動車は、韓国型乗用車の開発を推進したが、社内の反対にぶつかった。新車を作るほどの技術力が足りない上、開発と生産施設の拡充に膨大な資本を投入しなければならなかったためだ。

しかし、鄭創業者は、ポニーの開発を推し進めた。現代自動車技術研究所のイ・スイル元所長は、「当時、年間4000台のみ売っても年末にビールパーティーをするほどだったが、突然年産5万6000台規模の工場を建てるというので、まともな事業規模だと信じる人がいなかった」とし、「さらに『現代自動車はあれのせいで滅びるだろう』、『狂った人たち』と言う人も多かった」と話した。

当時、現代自動車のエンジニアたちは車の製作技術を学ぶため、日本の三菱で数ヵ月間教育を受けた。研修を終えて夜に帰って、午後10時までその日の報告書を作成後、日本語の勉強も1、2時間ずつやる強行軍だった。蔚山工場の展示館には、エンジニアたちがノートにぎっしりと日本語のひらがなを書いて勉強した記録も残っている。

苦労して誕生したポニーは、1975年12月に量産を始め、販売初年度の1976年に市場シェア43%(1万726台)を記録し、大成功を収めた。現代自動車は今月の達成が有力な「累積販売1億台」を記念するために、蔚山工場でイベントを準備しているが、これもまたポニーがなかったら実現できなかった成果だ。

●1991年にすでに開発した電気自動車

現代自動車の「おい、やってみたか?」という精神は、電気自動車の開発にもつながった。ソナタEVの実務開発を率いたイ・ソンボム元現代自動車の首席研究員は、1990年1月に電気自動車の開発に着手した当時を思い出し、「地面へのヘディングだった」と述べた。

当時、米カリフォルニア州で「自動車全体販売台数の2%以上を完全な無公害自動車で販売せよ」という義務規定が発表されたことをきっかけに、足元に火がついた。電気自動車がなければ、当時、力を入れていた米国への輸出を中止せざるを得なくなる可能性もあるからだ。結局、イ元首席研究員を含め、開発者8人が会社から特命を受け、蔚山に集まり、ソナタY2をベースにした電気自動車を2年ぶりに作り出した。

イ元首席研究員は、「参考にする他の適当な電気乗用車もおらず、電動ゴルフカートを分解して見ながら製作した」とし、「ソナタEVに電源を連結したが、突然車から10~20センチの炎が上がったり、ほぼ完成したが作動せず、再び解体して組み立てたこともある」と話した。イ氏は、「蔚山走行試験場で試験運転をしたが、動くだけでも歓声を上げた」とし、「試行錯誤が積もり、現在の電気自動車が出てきたので胸がいっぱいになる」と付け加えた。

●がむしゃらに欧州、米国を訪れて手に入れた半導体

最近、現代自動車の「おい、やってみたか?」のヘリテージを垣間見ることができた出来事は、コロナ禍だった2021~2022年の車両用半導体不足への対応だった。当時、世界的に車両用半導体を手に入れることができず、ややもすると車の生産を止めなければならない危機的状況だった。状況が深刻化すると、現代自動車グループの購買本部の役職員らは素早く動いた。世界中が「シャットダウン」となり、航空機の運航が大幅に減ったにもかかわらず、チケットを購入してほぼ毎週ヨーロッパや米国などに向かった。会ってくれる人がおらず、欧州の車両用半導体メーカーの役員の自宅前に勝手に訪れたこともあった。

現代モービスの関係者は、「がらんとした飛行機に一人座って出張に行った。コロナ禍の中、海外に行くので、家族が心配した記憶もある」とし、「ホテルに一種のベースキャンプを設け、海外車両用半導体の職員を招待して状況を説明するなど、できることはすべてやった」と述べた。

海外のライバル会社が地団駄を踏んでいる状況の中でも、現代自動車は車両用半導体を何とか手に入れ、大きな支障なく車両生産を続けた。現代自動車グループが2022年に初めて生産台数基準でグローバル3位についたのも、当時の車両用半導体のサプライチェーンの管理を戦闘的にやり遂げたおかげだった。

現代自動車が、このようなヘリテージを前面に出して克服しなければならない課題もある。代表的なのがジェネシスの欧州での販売活性化だ。現代自動車の高級ブランドであるジェネシスは、現在、韓国国内と北米市場で主に販売され、欧州では存在感が弱い。100年ほど名声を築いてきた欧州の高級車ブランドが市場をしっかりと握っているからだ。また、現代自動車が主導している水素自動車の生態系を、業界の懐疑的な見方を乗り越えて軌道に乗せることも課題として挙げられる。


蔚山=ハン・ジェヒ記者 キム・ジェヒョン記者 hee@donga.com