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謝罪碑の建立

Posted November. 08, 2023 08:37,   

Updated November. 08, 2023 08:37

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先週月曜日(10月30日)、羅州(ナジュ)歴史公園では、日本人が基金を募って作った「東学農民軍犠牲者を称える謝罪碑」の除幕式があった。白髪の日本人代表が謝罪文を読み上げた。彼は、井上勝生・北海道大学名誉教授。

井上氏の東学農民軍への関心は、1995年に北海道大学文学部人類学教室で東学軍の頭蓋骨が発見されたことがきっかけとなった。頭蓋骨には筆で「韓国東学党 首魁ノ首級」と書かれていた。全羅南道珍島(チョンラナムド・チンド)のある山に捨てられていたものを「採集」して持ってきたという。殺しただけでなく、頭蓋骨を採集して研究に使うとは、これほどまでの侮辱はなかった。帝国主義者たちはいつもそうだった。銃と刀で踏みつけ、学問でも踏みつけ、哀悼の権利さえ奪った。

井上氏はこの出来事をきっかけにして東学農民軍の資料を探し始めた。そして日本軍が1895年1月5日から2月8日までの35日間、羅州の湖南(ホナム)招討営に滞在して行った虐殺の実態を日本軍兵士の「従軍日誌」を通じて明らかにした。ライフル銃で武装した日本軍に対し、火縄銃と竹槍しか持っていない東学農民軍は相手にならなかった。結果は大虐殺だった。謝罪碑の建立を提案した中塚明・奈良女子大学名誉教授は、東学農民軍虐殺を「日本軍が犯した最初のジェノサイド」と述べた。どれほど恨みがあるのか、招討営跡に建てられた羅州小学校では、行事のたびに雨が降るという話があるほどだ。

日本人が謝罪する姿は感動的だった。日本政府が歴史を否定し、歪曲している状況で、自分たちのためになるとは思えないのに、なぜ彼らは韓国人に謝罪したのだろうか。除幕式の前日に他界した中塚氏の言葉通り、「歴史で生じた問題を解決し、克服するためには、まず歴史を事実に基づいて知ることが必要」だからだ。そして何よりも、すまないという気持ちがあるからだ。日本という国がそれほどまでダメにならないのは、そういう個人がいたからかもしれない。彼らは謝罪し、そして私たちは許す。